39: lac転写抑制因子(lac Repressor)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
lac転写抑制因子

DNAは情報で満たされている。私たち自身のDNAには何万種類ものタンパク質やRNAを構築するための指示が含まれていて、私たちの生命を維持するための様々な機能は全てこの指示に基づいて実行されている。50年前にワトソン(Watson)とクリック(Crick)が発見したように、この遺伝情報はDNA中にあるアデニン(adenine)、チミン(thymine)、シトシン(cytosine)、グアニン(guanine)の塩基で構成される配列の中に蓄えられている。彼らが提唱したDNA二重らせんは、どのようにして2本のDNA鎖を分離して情報を読み出し、表面に露出した塩基を適切な相手と対合させているかを示している(アデニンの対合する相手はチミン、シトシンの対合する相手はグアニンと常に決まっている)。

更なる情報

DNA鎖に収められている遺伝情報は、個々の生物全体を機能させるには程遠いものである。単にタンパク質の設計情報を集めただけではほとんど使いものにならないだろう。なぜなら私たちが持つ各細胞は3万種ものタンパク質全てを常時作っているのだから。しかし脳の細胞はヘモグロビンを作る必要はなく、赤血球細胞はアセチルコリン受容体を作る必要はない。各細胞は、自身の機能に必要なタンパク質だけを作るようにタンパク質の産生を制御できる必要である。この問題を解決するため、私たちのDNAはいつどこでそれぞれのタンパク質を作るべきであるかを示す調整情報も多く含んでいる。この制御情報は、遺伝情報とは異なりDNAの二重らせんをほどかずに読み取られる。一群の調整タンパク質がDNA二重らせんの表面に沿って手探りで進み、外側に面した塩基の一部を読んで然るべき指示を探し出す。このようなタンパク質の中には、妥当な指示を見つけるとDNAに結合してその箇所にコードされたタンパク質の産生を妨げるものもある。またタンパク質の産生を促し、RNAポリメラーゼの伝令RNAへ転写する機能を開始させるよう誘導するものもある。核には多数の調整タンパク質があり、これによって現在必要とされているタンパク質の産生が制御され、必要とされないタンパク質の合成は阻害される。

DNAを遮断する

lac転写抑制因子(lac repressor)は最初に発見された調整ネットワーク「lacオペロン」(lac operon)の一部を構成する。それは細菌で発見されたもので、乳糖(lactose、ラクトース)の代謝に関係する3つのタンパク質の産生を制御している。その働きは非常に単純である。同じサブユニットが4つ集まってできた4量体で、通常は細菌DNAのオペレーター(operator)と呼ばれる特定領域に強く結合している。このオペレーター領域は3つの乳糖代謝タンパク質をエンコードする領域に隣接している。lac転写抑制因子がここに結合すると、これら代謝タンパク質の産生は妨げられる。しかし、lac転写抑制因子が乳糖や類似の糖類と結合すると、形状が変化しもはやDNAには結合できなくなる。その結果RNAポリメラーゼは自由に遺伝子を転写できるようになり、代謝タンパク質は作られるようになる。

これが細菌細胞に何をもたらすのかに注目して欲しい。乳糖が乏しいと、lacオペロンタンパク質は必要ないため作られない。ところが、細菌が乳糖源に出会うと、大量の糖類がlac転写抑制因子に結合して酵素を作れるようにし、すぐに糖をエネルギー源として使い始める。乳糖を使い果たすと、lac転写抑制因子は結合していた糖類を失い、タンパク質の産生を再び阻害するようになる。なぜなら乳糖代謝に関わるタンパク質はもはや必要ないからである。

DNAの環

DNAをねじ曲げるlac転写抑制因子

lac転写抑制因子の結晶構造は4つのDNA結合部分全てが1つの方向を指し示す曲がった構造を形成することを示している。この構造に基づいて、4つのサブユニット全てが同時にDNAへ結合し、DNAはねじられて小さな環状領域を形成することが提唱されている。

lacオペロンのタンパク質

左:β-ガラクトシダーゼ(PDB:1bgl) 右上:ガラクトシドアセチル基転移酵素(PDB:1krv) 右下:乳糖透過酵素に似たヒトの糖輸送体モデル(PDB:1suk)

lac転写抑制因子は3種のタンパク質の合成を制御している。β-ガラクトシダーゼ(beta-galactosidase、PDBエントリー 1bgl)は乳糖の代謝における最初の段階を触媒する酵素であり、乳糖を2つに切断しブドウ糖(glucose)とガラクトース(galactose)の単糖2つに分解する。ガラクトシドアセチル基転移酵素(galactoside acetyltransferase、PDBエントリー 1krv)は糖に作用する別の酵素であるが、乳糖代謝における役割は明らかになっていない。乳糖透過酵素(lactose permease)は細菌の細胞膜で見られるタンパク質で、このタンパク質を通して乳糖を細胞内に輸送している。乳糖透過酵素の構造はまだ解かれておらず、精力的に研究が進められている(訳注:本記事の原英文公開後、構造は解かれ何種類かの構造が登録されている)。ここに示す構造は類似の酵素であるヒトの糖輸送体(sugar transporter、PDBエントリー 1suk)のモデルである。

構造をみる

lac転写抑制因子(左:4量体化ドメインと中心ドメイン PDB:1tlf、右:中心ドメインと頭部断片 PDB:1efa)

lac転写抑制因子全体の完全な原子構造はまだPDBには登録されていないが、この2つの構造を見ればどのように働くのかがよく分かるだろう。それぞれのlac転写抑制因子サブユニットは折りたたまれて3つの機能領域を形成する。1つは4量体化ドメイン(tetramerization domain)で、4つのサブユニットを一つにつなげて機能する複合体を形成する。2つ目は中心ドメイン(core domain)で、乳糖や糖模倣物ONPF(orthonitrophenyl-beta-D-fucopyranoside、オルトニトロフェニル-β-D-フコピラノシド)のような乳糖類似分子と結合する。3つ目は頭部断片(headpiece)で、ここにはDNAが結合する。PDBエントリー 1tlf には4量体化ドメインと中心ドメインが含まれているが、頭部断片は含まれていない。この構造はどのようにして4つのサブユニットをつなぎ、曲がった構造を形成するのかを示している。一方1efaは4量体化ドメインが欠け、残り2種類のサブユニットだけが含まれている。こちらには2つの頭部断片が含まれ、短いDNA断片と結合している。また糖が中心ドメインの内部奥深くに結合している様子も示されている。

2003年3月時点でPDBに登録されていたlac転写抑制因子の一覧が[[mom:039_rel|こちら]]よりご覧になれます。

更に知りたい方へ

ほとんどの生化学の教科書にはlacオペロンの機構に関する基本的なことが記載されています。また以下の参考文献もご参照ください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2003年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

	{
    "header": {
        "minimamHeightScale": 1.0,
        "scalingAnimSec": 0.3
    },
    "src": {
        "spacer": "/share/im/ui_spacer.png",
        "dummy": "/share/im/ui_dummy.png"
    },
    "spacer": "/share/im/ui_spacer.png"
}