202: ジペプチジルペプチダーゼ4(Dipeptidyl Peptidase 4)

著者: Sutapa Ghosh, David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

DPP4は同じサブユニットが2つ集まってできた2量体で、それぞれ青と緑で示している。各サブユニットはそれぞれ2つのドメインを持っている。上にあるドメインは、他の細胞外タンパク質との相互作用に関係している。下にあるドメインには触媒機能を持つ3つ組のアミノ酸が含まれている。
DPP4は同じサブユニットが2つ集まってできた2量体で、それぞれ青と緑で示している。各サブユニットはそれぞれ2つのドメインを持っている。上にあるドメインは、他の細胞外タンパク質との相互作用に関係している。下にあるドメインには触媒機能を持つ3つ組のアミノ酸が含まれている。

私たちの体はどのようにして完全なバランスを保ち、各細胞が必要な資源を確保できるようにしているのか不思議に思ったことはないだろうか? 恒常性(homeostasis)と呼ばれるこのバランスは、体の異なる部分にある細胞が互いに継続的なやりとりを行い、協力し合うことによって達成されている。例えば、全ての細胞はエネルギー源としてブドウ糖(glucose)が必要だが、ホルモンの複雑なネットワークによって必要な場所にブドウ糖が届くようにしている。私たちが何かを食べる時、消化系細胞はインクレチン(incretin)というホルモンを分泌し、ブドウ糖がこれから利用できることを体に知らせる。このホルモンは膵臓すいぞうに届き、インスリン(insulin)が血液中に放出される。それが、ブドウ糖を取り込み後々のために保存しておくよう指示する信号として筋肉細胞、肝臓細胞など体中の細胞に届く。食事が終わりブドウ糖の濃度が下がると、今度はグルカゴン(glucagon)という別のホルモンが指令を出し、細胞は貯蔵したエネルギー源からブドウ糖を取り出す。インスリンとグルカゴンは反対の効能を持っていて、インクレチンの濃度によって制御されている。それにより利用できるブドウ糖を常に適正な濃度で保つことができるようにしている。

ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)

ホルモンはその時々に応じて必要な体の機能を調整しているので、ホルモンによる信号は環境変化に応じて注意深く制御しておく必要がある。CD26とも呼ばれるジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4、dipeptidyl peptidase 4、PDBエントリー1nu8)がこの制御を担っている。膜結合タンパク質で、同じサブユニットが2つ集まり2量体となって働く。体中の細胞表面でみられ、他のさまざまなタンパク質と相互作用して、細胞信号伝達や炎症などの過程において重要な役割を果たしている。またインクレチン(incretin)などいくつかのホルモンの末端から2つのアミノ酸を除去して不活性化する。DPP4は非常にたくさんあるので、インクレチンが体内を循環するのは不活性化される前の数分間だけである。このため、腸にあるインクレチンをつくる細胞と膵臓すいぞうにあってインスリンやグルカゴンをつくる細胞との間で密なやりとりを行うことができる。

ペプチドの切り出し

DPP4は、ホルモン分子を構成するペプチド鎖の一端から2番目にあるプロリンまたはアラニンの場所でアミド結合を切断する。切断反応は触媒作用を持つ3つ組のアミノ酸によって行われる。これはトリプシンやエラスターゼのようなセリンプロテアーゼと非常によく似ている。セリンがこの切断反応を行うが、近くにあるヒスチジンとアスパラギン酸によりさらに化学的に活性のある状態となる。酸性のグルタミン酸が2つあって、これが自由な状態になっているホルモン分子のアミノ末端に強く固定されることにより反応を助けている。DPP4はプロリンの隣で切断できる数少ない酵素の一つであるが、これができるのはプロリンが活性部位の疎水性ポケットの中にしっかりはまるからである。DPP4とその基質となるホルモンとの相互作用を理解することは、DPP4の阻害剤開発の基礎になる。

DPP4の基質

DPP4の基質と阻害剤。ここには4つの基質を示している。末端にある2つのアミノ酸(青と緑で示す部分)が切断され、アミノ酸2つがつながったジペプチドとして放出される。2番目のアミノ酸としてグリシンがある<em>エキセンジン-4</em>(exendin-4)は阻害剤として作用する。
DPP4の基質と阻害剤。ここには4つの基質を示している。末端にある2つのアミノ酸(青と緑で示す部分)が切断され、アミノ酸2つがつながったジペプチドとして放出される。2番目のアミノ酸としてグリシンがあるエキセンジン-4(exendin-4)は阻害剤として作用する。

DPP4はインクレチン神経ペプチドY(neuropeptide Y、PDBエントリー1ron)、ケモカイン(chemokine、炎症性細胞遊走因子)の一種エオタキシン(eotaxin、PDBエントリー1eot)などのペプチドホルモンを分解し、ホルモンが必要な時にだけ活性状態になるようにしている。これらホルモンはいずれも似た共通の構造を持っていて、2番目のアミノ酸はプロリンかアラニンになっている。2つのインクレチンホルモン、グルカゴン様ペプチド1(GLP-1、PDBエントリー1d0r)とブドウ糖依存性インスリン分泌性ポリペプチド(GIP、PDBエントリー2b4n)は特に興味深い。なぜならこれらのペプチドを使って2型糖尿病を治療できるからである。

2型糖尿病の治療

糖尿病患者はインスリンの分泌が少ないので血液中のブドウ糖濃度が危険なレベルにまで上昇している。治療する一つの方法はDPP4を阻害することである。そうすればインクレチンはより長く作用し、インスリンをつくるよう刺激することができる。これを行う上で2つの方法がとられた。まず、DPP4が分解できないようなGLP-1やGIPの類似物質が開発された。例えば、エクセナチド(exenatide)という薬は、アメリカドクトカゲ(Gila monster)の毒から見つかった天然のインクレチン類似物質エキセンジン-4(exendin-4、PDBエントリー1jrj)から開発された。これらの分子は血液中をより長く循環し、より多くのインスリンを分泌を促し、糖尿病状態にある血糖値を下げるのに貢献する。ただ残念なことに、このインクレチン類似物質は通常小さなタンパク質であり、注射による投与が必要である。もう一つの方法は口から摂取できる薬を使って直接DPP4の作用を阻害し、天然のインクレチンがより長く血液中を循環することができるようにするというものである。

構造をみる

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2006年、アメリカ食品医薬品局(Federal Drug Administration)は最初のDPP4阻害剤としてシタグリプチン(sitagliptin、PDBエントリー1x70)を承認した。その後すぐに、さまざまな他の抗糖尿病薬もつくられ、これらはまとめてグリプチン系と呼ばれている。これらの薬はいずれもインクレチンホルモンの末端をまねた構造を持っていて、DPP4の活性部位を阻害するのでホルモンを不活性化できなくなる。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えると、6種類のグリプチンとDPP4基質類似物質の一つをみることができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. DPP4によって切断される他のホルモンの構造もPDBに登録されています。その中に、ペプチドYY(PDBエントリー2dez)やケモカインRANTES(PDBエントリー1rtn)などがあります。これらをみて、DPP4によって切り離されたジペプチドを見つけてみてください。
  2. RCSB PDBが提供するProtein Feature ViewのDPP4ページで、構造に含まれていない酵素部分を見ることができます。

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2016年10月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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