17: シクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

不思議な薬

シクロオキシゲナーゼ(上、PDB:1prh)と触媒対象となる脂肪酸に酸素を付加する反応(下)

今日、もっとも一般に服用されている薬はなんだろうか? それはあるよく効く鎮痛薬である。この薬は、感染や損傷から守ろうとして身体の温度が上がり過ぎる時に、熱や炎症を軽減する。また、血液凝固を遅らせて脳卒中や心臓発作になりやすい人がこれらの疾患を発症する危険性を減らす。更に、がんとの戦いに効果的な付加的治療薬であるという証拠も次々に見つかっている。薬物治療において様々な使い方をされるこの不思議な薬はアスピリン(aspirin、アセチルサリチル酸 acetylsalicylic acid)である。アスピリンは1世紀に渡って医薬品として使われているが、古代から伝統的に使用されている薬でもある。柳の樹皮から発見された同様の化合物であるサリチル酸(salicylic acid)は、漢方治療に古くから使われてきた。しかし、わずかこの20〜30年の間に、どのようにしてアスピリンが働くのか、どのように改良されてきたのかということが分かってきた。

プロスタグランジン

薬がこのように様々な作用を持つ理由として予想されるように、アスピリンは身体の中心となる一連の過程を阻止する。アスピリンが阻止するのは「プロスタグランジン」(prostaglandin)の産生で、これは局部的な信号の伝達に用いられる重要なホルモンである。多くのホルモンは決まった特定の腺でつくられ、血液によって身体全体に伝達されるが、プロスタグランジンはそれらとは違って細胞でつくられ、細胞自身が壊される前に、その周囲だけに作用する。プロスタグラジンは、血管の周りにある筋細胞の収縮、血液が凝固する際の血小板凝集、出産時の子宮収縮などの多くの近傍処理を制御する。更に、痛みの信号を伝達し、強めて、炎症を引き起こす機能も持つ。これらの様々な過程は全て異なるプロスタグラジンによって制御されているが、いずれも共通の前駆体分子から作られている。

シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase、上図上に示す構造はPDBエントリー 1prh)は、上図下の囲みの中に示す共通の脂肪酸からプロスタグラジンをつくる最初の反応段階を行う。この反応においてアラキドン酸(arachidonic acid)に二つの酸素分子が加えられ、最終的にさまざまな独特な分子をつくり出す一連の反応が始まる。アスピリンはこのアラキドン酸がシクロオキシゲナーゼの活性部位に結合するのを妨げる。これにより通常の信号は伝達されなくなるので、私たちは痛みを感じることも、炎症反応が始まることもなくなるのである。

COX-1 と COX-2

実際私たちはそれぞれ異なる目的のために、COX-1とCOX-2と呼ばれる2種類のシクロオキシゲナーゼを持っている。COX-1は、基本的な管理維持の信号を身体の至るところへ行き渡らせるのに用いるプロスタグランジンを産生するため、多くの細胞でつくられている。もう一つの酵素COX-2は特定の細胞でのみつくられ、痛みや炎症の信号を伝えるのに用いられる。ただ残念なことに、アスピリンはどちらの酵素も攻撃してしまう。COX-1も標的となるため、アスピリンは胃での出血などの好ましくない合併症も引き起こしうる。だが現在では幸いなことに、COX-2の働きだけを妨げ、不可欠な役割を担うCOX-1はそのまま働き続けられるようにする特別な化合物が利用できるようになりつつある。これらの新しい薬は、好ましくない副作用のない選択的な鎮痛剤や解熱剤となるのである。

複合酵素

プロスタグラジン合成酵素(PDB:4cox、穴の奥にあるのは薬分子、その上方にあるのはヘム基)

実のところこの酵素には活性部位が2箇所あって、両者をまとめてプロスタグラジン合成酵素(prostaglandin synthase)と呼ばれている。一方の側には、前項でふれたシクロオキシゲナーゼ活性部位がある。そしてもう一方の側には、完全に分かれた過酸化酵素部位(peroxidase site、ペルオキシダーゼ部位)があって、こちらはシクロオキシゲナーゼ反応に関与するヘム基(heme group)の活性化に必要となる。酵素複合体は全く同一のサブユニットが2量体となったものである。そのため、2つのシクロオキシゲナーゼ活性部位と2つの過酸化酵素活性部位が近接して存在することになる。それぞれのサブユニットには疎水性アミノ酸でおおわれた突出部(ノブ、knob)があって、上図では下に向かって突き出ている。これらの突出部は、図下部に薄い水色で示している小胞体(endoplasmic reticulum)の膜へ酵素複合体を固定する。シクロオキシゲナーゼ活性部位はタンパク質内に深く埋め込まれているが、その突出部の中央に開いているトンネルを通って到達することができる。このトンネルがじょうごのように働くことでアラキドンサンを膜の外へと誘導し、加工処理を行う酵素の中へ送り出す。上図に示すPDBエントリー 4cox の構造では、薬(黄色と緑色の部分)が両方のサブユニットにある活性部位を塞いでいる。なお、各サブユニット中において、薬の上方にヘム基も示されている。

構造をみる

アスピリンが作用した後のシクロオキシゲナーゼ活性部位付近(PDB:1pth)

PDBエントリー 1pth は、アスピリンがどのようにしてシクロオキシゲナーゼ活性部位を塞いでいるのかを示している。アスピリンは二つの部位で構成されていて、一つのアセチル基(acetyl group)がサリチル酸にくっついた構造をしている。アスピリンがシクロオキシゲナーゼを攻撃する際、アスピリンのアセチル基がシクロオキシゲナーゼ中のアミノ酸の一つセリン(serine)に結合して、恒久的に酵素を不活性化する。上図に示すのは、アスピリンがその役割を果たした後の活性部位の拡大図である。アセチル基(白と赤で示す部分)はセリンアミノ酸(明るい緑色の部分)に付加され、サリチル酸(大きな球で示す部分)がそのすぐ近くに結合している。なお、この図において、タンパク質の主鎖部分は濃い緑色で示されている。

この構造には2つあるサブユニットの一方しか含まれていないので、構造をそのままみれば複合体全体の半分だけを見ていることになる点に注意して欲しい。また、この構造には臭素原子が付加された修飾型アスピリンが使われているが、上図でこの臭素原子は表示されていないことにも注意して欲しい。

"シクロオキシゲナーゼ" のキーワードでPDBエントリーを検索した結果はこちらで参照できます。

シクロオキシゲナーゼについて更に知りたい方へ

以下の文献も参照してください。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2001年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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