160: アクチノマイシン(Actinomycin)
細胞は優れた化学者であり、合剤(複数の薬を混合した医薬品、配合剤)探しは天然物質の中から始められることがよくある。多くの抗生物質(antibiotics)は、細菌(bacteria)と菌類(fungi)との間で絶えず続く闘いを研究し、細菌や菌類が自分自身を保護するために作っている毒性分子を単離して見いだされてきた。アクチノマイシン(actinomycin)はそのような抗生物質の中で、抗がん作用を持つことが分かった最初の物質である。この分子は1940年に放線菌の一種Streptomyces antibioticusという細菌から発見された。ただ残念なことに、この物質はがん細胞を殺すだけではなく患者自身にも悪影響を与えてしまうもので、このように毒性が強い薬剤は一般的な治療薬としては使えない。しかし後になって、これと似たより使いやすい分子が発見され、現在ではがんの化学治療で広く用いられるようになっている。
DNAへの挿入
初期の研究でアクチノマイシンはDNA二重らせんに挿し込まれることが明らかになった。アクチノマイシンは、DNAの塩基に似た平らな環状部分(緑)と、珍しいアミノ酸でできた2つの環状ペプチド(青)の2つの部分からできている。右図はPDBエントリー 173dの構造で、平らな環はDNA二重らせんの間に挿入され、環状ペプチドはDNAの大きい方の溝とぴったり形が合うようになっている。細胞のゲノムと結合してできたこの複合体は安定であり、致死的効果をもたらす。
対象はトポイソメラーゼ
DNAに差し込まれるこの種の薬は、増殖している腫瘍細胞のように活発に細胞分裂している細胞に対して毒性を発揮することを利用し、がんの化学治療薬として用いられている。この薬を研究した結果、主な作用対象がトポイソメラーゼ(topoisomerase)であることが明らかになっている。トポイソメラーゼはDNAを一旦切断して、超らせん構造(二重らせん鎖がさらにらせん状になった構造)をほどいたり、鎖のもつれを解いたりするよう分子内の原子配置を修正する。それが済むと、DNAが適切な形状となるよう再度鎖をつなげる。この薬はトポイソメラーゼがDNAを切断した後に働けなくしてしまうことで、再びDNAをつなげる反応段階を進められないようにしてしまう。こうなると細胞分裂を行う時とても厄介なことになる。複製フォーク(DNA複製の際、DNAの2本鎖を端から1本ずつに引きはがしてできるY字状の構造) がDNAの切れた箇所に到達し、DNA複製機構がここを通過すると、致命的な2本鎖の途切れができてしまう。
動作中の挿入剤
DNAに差し込まれる分子は様々な種類のものが発見されていて、その中には生きた生物由来のものも人工的に作られたものもある。大きさや形も様々であり、それぞれ異なる種類のトポイソメラーゼを対象としている。アクチノマイシンの場合、DNAのもつれを直すことに関係するII型トポイソメラーゼの働きを妨げる。一方上図(PDBエントリー 1k4t)では緑色で示した分子「トポテカン」(topotecan)は、DNAの超らせん中の「張り」を緩めることに関係するI型トポイソメラーゼの働きを妨げる。ここに示す構造はトポテカン分子が切れ目の入ったDNAの一方の鎖に結合している様子をとらえたもので、トポテカンその周囲のDNA全体がトポイソメラーゼの内側に結合している。
構造をみる
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DNAに挿入される分子の多くは、特定のDNA塩基配列だけを対象にしている訳ではないが、アクチノマイシンの場合はGC(グアニン+シトシン)の配列に最も強く結合する。この理由は、アクチノマイシンにDNAの短い断片が結合した構造から明らかになった(上図に示すのはPDBエントリー 173d)。分子の環状ペプチド部分は、切れたDNAの末端にあるグアニン塩基に特定して水素結合を作っていたのである。上図下のボタンをクリックして、対話的操作のできる画像に切り替え、この相互作用の様子をより詳しく見てみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
参考文献
- 2010 DNA topoisomerases and their poisoning by anticancer and antibacterial drugs. Chemistry and Biology 17 421- 433
- 1974 Actinomycin, chemistry and mechanism of action. Chemical Reviews 74 625-652