156: ABO式血液型糖転移酵素(ABO Blood Type Glycosyltransferases)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
B型特有の糖転移酵素GTB(PDB:3i0g)

私たちの血液中にある抗体(antibody)は、常に身体中を見回って存在する分子が正当な分子だけであるかを確認している。この働きは不可欠なものである。なぜなら抗体は細菌やウイルスのような侵入者から私たちの身体を守ってくれているからである。しかし一方で、この作用は医学治療において問題を引き起こすことがある。例えば血液を輸血する際、抗体をだまして何も不都合は起きていないと思わせるため、体内にある血液と輸血する血液は似たものでないといけない。この類似性を研究することにより、血液にはいくつかの種類があって、その種類によって輸血可能な人の組み合わせが決まることが明らかになった。ABO式血液型(ABO blood type)は、どの人がどの人に血液を提供できるかを決定づける主たる血液型の1つである。

あなたの血液型は何型?

赤血球の表面にあるタンパク質と脂質は糖質の鎖(carbohydrate chain)でおおわれており、細胞を取り囲む保護膜を形成している。ABO式血液型は、これの糖質の材料となる糖の型によって決まる。この糖質は、5から13個程度の糖でできた中心部の周りに形成される。この中心部はH抗原(H-antigen)と呼ばれており、フコース(fucose)という糖が末端についている。O型の人についてはここで話は終わる。一方A型、B型の人には、特有の糖転移酵素(glycosyltransferase)が作用して末端に更なる糖が付加される。ここに示すのはこの酵素の1つでPDBエントリー 3i0g由来の構造である。A型の場合は「N-アセチルガラクトサミン」(N-acetylgalactosamine)、B型の場合はこれより少し小さい糖である「ガラクトース」(galactose)が付加される。しかしこの小さな違いが重大な影響をもたらす。

血液型の適合

免疫系は様々な種類がある手持ちの抗体を駆使して、体内で普通に見られる分子を攻撃するようなものは取り除いてしまう。そのため、A型の血液にはA型の糖に結合する抗体(抗A抗体)がない。しかしB型の糖質を攻撃する抗体(抗B抗体)はあるので、輸血される血液がB型であればどんな血液でも攻撃されてしまう。一方O型の血液は、A型の抗体を持つ人にも、B型の抗体を持つ人にも問題を引き起こさない。そのためO型の人は血液提供者として優れていると言える。しかしO型の人に輸血が必要となった時、血液を提供できる人は限られている。なぜならO型の血液には両方の型の抗体があるからである。

血液糖鎖への結合

左:植物のレクチン(PDB:1lu1)、中央:肺炎レンサ球菌のフコース結合タンパク質(PDB:2j1u)、右:ノロウイルスのカプシドタンパク質(PDB:2obs)

血液型の糖鎖は付着するためのいい足がかりとなっていて、多くの生物に悪用される。ここにいくつかの事例を示す。上図左の分子はマメ類の種子から得られたレクチン(lectin、PDBエントリー 1lu1)で、糖鎖結合部位を4つ持っている。上図に示す構造にはいずれも糖(緑で示す分子)が含まれている。この糖は天然状態ではここに示すものより長く、図に含んでいるのはその一部分である。このレクチンが果たす生物学的な機能はまだ完全には分かっていないが、植物における防御の一端を担っているようである。中央(PDBエントリー 2j1u)と右(PDBエントリー 2obs)に示すタンパク質の機能はより明確である。それぞれ細菌(肺炎レンサ球菌)とウイルス(ノロウイルス)に由来するタンパク質で、感染する過程に関わっている。

構造をみる

糖転移酵素GTA(PDB:1lzi)

表示方式: 静止画像

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各個人のABO式血液型は1つの遺伝子で決まっている。A型の人はGTAという遺伝子を持っていて、この遺伝子にはN-アセチルガラクトサミンを付加する糖転移酵素を作るための遺伝情報が収められている。一方B型の人にはGTBという遺伝子があり、こちらにはガラクトースを付加する別の糖転移酵素の遺伝情報が収められている。O型ではこのどちらの酵素も作られない。驚くべきことに、GTAもGTBもほとんど同じで、たった4つのアミノ酸が変化しているだけである(上図に示すのはPDBエントリー 1lziの構造で、変化部分を水色で示している)。しかしこの配列上の小さな違いが生死につながる。上図下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、構造の違いをより詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. あるアミノ酸はGTAに、また別のあるアミノ酸はGTBに由来するような変異体を作ることにより、GTAとGTBの特異性が研究されています。このような混合型糖転移酵素の構造がたくさんPDBに登録されています。
  2. PDBには他の血液型に関係する多くのタンパク質が登録されています。「血液型抗原」(blood group antigen)で検索して、そのうちのいくつかを見てみてください。

参考文献

代表的な構造

3sxe: 糖転移酵素A
糖転移酵素Aは血液型をA型に決定づける糖を付加する。この構造には酵素、糖の受容体として働く糖質の短い断片、そしてUDPが含まれている。このUDPには通常付加する糖がくっついている。
3sxd: 糖転移酵素B
糖転移酵素Bは血液型をB型に決定づける糖を付加する。この構造には酵素、糖の受容体として働く糖質の短い断片、そしてUDPが含まれている。このUDPには通常付加する糖がくっついている。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2012年12月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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