149: レプチン(Leptin)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
レプチン(PDB:1ax8)

身体中の細胞へ栄養分を届ける仕組みは、信号分子の複雑なネットワークが制御している。私たちが気づかないうちに発生する信号もあり、例えばインスリン(insulin)とグルカゴン(glucagon)は食事の後、血液を通じて運ばれるブドウ糖の濃度を調節する。信号伝達タンパク質のレプチンはより明確な効果を持っていて、食べ物が必要な時に空腹感をいだかせる仕組みに作用する。

肥満のマウス

レプチン(ここに示す構造はPDBエントリー 1ax8)は慢性的に肥満となる変異体マウス(ハツカネズミ)系統の研究を通じて発見された。このマウスをよく観察した結果、不活性型のレプチンを持っていることが明らかになった。またレプチンは、私たちがいつ食べるのをやめるべきかを知らせてくれる信号の中心であることの発見にもつながった。レプチンは脂肪細胞(fat cell)によって作られ、血液を通じて、脳内にある空腹を制御する特別な神経細胞へと運ばれる。こうしてレプチンは脳で食欲を抑制する。また、食物が少ない飢餓状態の時にも重要な役割を果たす。空腹時、脂肪細胞が作るレプチンの量は減少するが、このことが身体中の細胞に対して、エネルギーを保持し生命維持に不可欠なことにだけ注力するよう指示する信号となる。

食欲と肥満

ご想像の通り、この仕組みに障害が起きると問題が生じる。欠陥型のレプチンを持って生まれてくる人がいるが、そのような人は肥満になりやすい。この場合、レプチンを投与することでうまく治療し、通常の食欲制御を回復させてきた。ところが意外にも、大半の肥満の人は通常型レプチンを持っていて、実際レプチンの濃度はしばしば上昇して食欲を制御しようとしている。しかし、食欲制御の仕組みがレプチンの濃度上昇に反応しにくくなっているため、通常濃度のレプチンでは充分食欲を制御することができない。このタイプの肥満は治療が難しいが、それはレプチンの濃度上昇に反応しなくなっている箇所は、血液から脳へレプチンを運ぶ部分やレプチンとその受容体との結合部分など、身体の至る所にあると考えられるからである。

空腹な細胞

神経ペプチドY(Neuropeptide Y、PDB:1ron)

空腹感を制御する神経細胞は、小さな神経伝達物質(neurotransmitter)を介して情報を交換し、適切な食欲の強さを常々算出している。神経ペプチドY(Neuropeptide Y、ここに示すのはPDBエントリー 1ron)は食欲を促す主要な神経ペプチドの1つで、心臓の活動や感情の制御など他の過程にとっても重要なものである。ところが驚くべきことに、神経ペプチドYを作れなくしてしまったマウス(ハツカネズミ)は、至って普通であり、太る傾向もやせる傾向も示さない。これはこのペプチドが冗長性のある大きな信号伝達ネットワークの一部を構成していることを示している。

構造をみる

レプチン受容体のレプチン結合部位(青)、レプチンモデル(緑)、レプチンの結合を妨げる抗体(赤・橙)、PDB:3v6o

表示方式: 静止画像

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レプチンは身体中にある他の細胞と同じく、空腹感を制御する神経細胞の表面にある受容体によって認識される。受容体は多くのドメインを持つ大きなタンパク質で、受容体1分子がレプチン1分子と結合し、2量体となった複合体が細胞内へと信号を伝達する。ここに示す構造(PDBエントリー 3v6o)は受容体のレプチン部分(青色)、そしてそれと結合した抗体(赤色)を含んでいる。抗体はレプチンの結合を妨げていて、構造の著者はこの情報と他の生化学的な結果を使ってレプチンの結合位置(緑色)を推定した。より拡大して構造を見るには、図の下にあるボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替えてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDBエントリー1ax8のレプチンは表面にある100番残基のトリプトファンがグルタミン酸に変異しています。なぜこの変異が必要だったと思いますか。
  2. 多くの神経ペプチドの構造がPDBに登録されています。PDBエントリー 1ronのPDBj Mine検索結果ページで「相同タンパク質(Sequence Neighbor)」タブをクリックすると、神経ペプチドYと配列が似ている神経ペプチドを検索することができます。

参考文献

代表的な構造

1ax8: レプチン
レプチンは脂肪細胞から脳へ信号を運び、食欲を制御する。
3v6o: レプチン受容体
レプチンは脂肪細胞から脳へ信号を運び、食欲を制御する。この構造にはレプチンに結合する受容体と、レプチンがこの受容体に結合するのを妨げる抗体の構造が含まれている。
1ron: 神経ペプチドY
神経ペプチドYは、食事をとる行為、心臓の活動、感情の制御などに関わる神経細胞の間でやりとりされる信号を運ぶ神経伝達物質の一つである。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2012年5月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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