144: 複合体I(Complex I)
複合体I(complex I)はNADH:キノン酸化還元酵素(NADH:quinone oxidoreductase)とも呼ばれており、呼吸における電子輸送において最初の段階の反応を行っている。この過程で私たちの細胞に供給されるエネルギーの多くがつくり出されている。複合体Iは膜に結合した大きな分子機構であり、NADHからキノン(ubiquinone)への電子を輸送する反応と、膜の内側から外側へとプロトン(proton、水素イオン)を汲み出す、という2つの反応をつなげている。私たちのミトコンドリア(mitochondria)では、ATP合成酵素(ATP synthase)に動力を供給する電気化学的な勾配を作り出すのに複合体Iが用いられるが、ここに動力を供給しているのは食物の分解で生み出されるNADHである。私たちが持つ複合体Iは、これまで見つかっている膜結合タンパク質の中で最も大きなものの一つであり46本もの鎖で構成されている。ここに示す細菌由来の複合体I(PDBエントリー 3m9s、3rko)は私たちのものよりは小さく14本の鎖でできている。
電子の輸送
複合体Iの膜外に出た末端の腕状部分(赤と黄で色づけした部分)は電子輸送反応を行う。まず上端付近の部位で、食物から水素原子を輸送する輸送分子「NADH」をとらえる。次にFMN(flavin mononucleotide)補因子を使ってとらえた水素原子から電子を引きはがし鉄-硫黄クラスター(iron-sulfur cluster)の鎖へと運搬する。最後に、電子は電子伝達系の次段階を担う複合体「シトクロムbc1」(cytochrome bc1)に電子を渡す。
並んだプロトンの汲み出し
複合体Iの膜結合部位(緑、青、紫で示した部分)は膜の内側から外側へとプロトンを輸送する。NADH 1分子当たり2個の電子が得られるが、この2電子から4個のプロトンを輸送する動力が供給される。そして驚くべきことに、構造が解かれたことによって、各プロトンは専用のプロトンポンプによって輸送されることが明らかになった。複合体Iには輸送体の鎖があり、全て一列に並んで配置されている。緑で示した鎖末端の輸送体には他の輸送体の側面へと伸びる尾部があって、4つの輸送体全てをつなげている。そしてこの4つ全てにおいて、電子輸送反応とプロトン汲み出しサイクルが同期していると考えられている。
プロトンを制御する
複合体I中にある輸送体は、ここに示したNa+/H+交換輸送体(Na+/H+ antiporter、PDBエントリー 1zcd)のような、より単純な輸送体と大変よく似ているように見える。これら輸送体には中央の穴を形作っている平行αらせんの束があり、電荷を持ったアミノ酸が中央の穴を塞いでいる。小さな交換輸送体では負電荷を帯びたアミノ酸がこの開閉部に使われることが多いが、複合体Iでは正電荷を帯びたリジンアミノ酸がこの役割をしているようである。
構造をみる
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細菌の複合体Iの構造をPDBエントリー 3m9s でみることができる。この構造は低い分解能で解かれているため、鎖の全ての部分が見えている訳ではない。見れば鎖の一部が欠落していることに気づくだろう。分子の一部分、2ヶ所については個別に高い分解能でも構造が解かれている。それらをPDBエントリー 2fug と 3rko でみることができる。上図下のボタンをクリックすると対話的に操作できる画像に切り替えることができるので、そちらも参照してみて欲しい。
理解を深めるためのトピックス
参考文献
- 2006 Energy converting NADH:quinone oxidoreductase (complex I). Annual Review of Biochemistry 75 69-92
- 2010 The architecture of respiratory complex I. Nature 465 441-445