127: クリスタリン(Crystallins)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

紹介

クリスタリン(上からαA PDB:3l1e、αB PDB:2wj7、β(左)PDB:1blb、γ(右)PDB:4gcr、δ PDB:1hy1、ε PDB:1o9j、λ PDB:3ado)

この「今月の分子」を読むと、ページ画面から出た光は眼の中でクリスタリン(crystallin)タンパク質の濃厚な溶液によって集められる。眼の中にあるレンズは発生初期に形成された長い細胞でできており、この中はクリスタリンで満たされている。この細胞は核とミトコンドリアを排出するという大きな犠牲を払い、滑らかで透明な可溶性タンパク質だけを残している。そして私たちは生涯を通じこのタンパク質に依存してものを見ている。

結晶を透明にする

「クリスタリン」という名前は多少皮肉も混じっている。このタンパク質は進化によって明確に結晶を形成しない能力を完成させてきた。眼のレンズ(eye lens、眼水晶体)には高い濃度の溶液が必要だが、小さな結晶の形成や凝集も避ける必要がある。そうでないと光を散乱してしまい、レンズが不透明になってしまうからである。私たちのレンズは何種類かのクリスタリンを一緒にして混ぜることで、単一なガラスのような溶液を作ることに成功している。

多様さによってつくられる透明さ

私たちのレンズに含まれるクリスタリンには主に3つの種類があって、それらを合わせるとレンズに含まれるタンパク質の約90%を占める。その中で最も多いのがαクリスタリン(alpha crystallin)である。これは似た2種類のタンパク質鎖(右図上2つ、PDBエントリー 3l1e2wj7)からできていて、これらが集まり約40本の鎖から成る大きな球状の複合体を形成する。この大きな球体は互いに反発し合い、レンズ細胞中に分散する。βクリスタリン(beta crystallin、右図上から3番目左、PDBエントリー 1blb)もいくつか(通常は2本または6本)の鎖が集まった複合体を形成する。βクリスタリンにはいくつか似たタイプがあって、それらが混ざってうまく合わさり、何種類かの複合体を形成する。最後に、γクリスタリン(gamma crystallin、右図上から3番目右、PDBエントリー 4gcr)は単量体で、αクリスタリン同士を軽くくっつける「のり」の役割を果たす。

多機能なタンパク質

α、β、γのクリスタリンはほとんどの動物で見られるが、これらを補佐する他のクリスタリンは動物によって異なっている。この補佐タンパク質は体内の至る所で別の機能を果たす一方で、クリスタリンとしての役割も果たしている。ここでは3つの事例を挙げる。上から4つ目はアルギニノコハク酸付加脱離酵素(argininosuccinate lyase)としても働くδクリスタリン(delta crystallin、PDBエントリー 1hy1)、その下はレチナール(retinal)に対してアルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase)としての働きも行うケープハネジネズミのεクリスタリン(epsilon crystallin、PDBエントリー 1o9j)、一番下はL-グロン酸-3-脱水素酵素(L-gulonate 3-dehydrogenase)としても働くウサギのλクリスタリン(lambda crystallin、PDBエントリー 3ado)である。

白内障

私たちが持つクリスタリンは生涯を通じて必要であるため、自身を守る強力な手段を持っている。αクリスタリンはシャペロンとして働き、ほどけていたり損傷していたりするタンパク質を見つけ出し、それらが凝集して乳白色の複合体になる前に捕らえて結合する。残念ながら、このような保護機構があるにも関わらず、歳を重ねると共に損傷は蓄積し、クリスタリンは壊れたり、ほどけたり、酸化したりしてしまう。損傷によって、ゆっくりと不透明な凝集物の蓄積が進み、白内障(cataract)を引き起こす。

構造を見る

β、γクリスタリン(PDB:1blb、4gcr)

表示方式: 静止画像

αクリスタリン(PDB:3l1e、3l1g)

表示方式: 静止画像

対話的操作のできるページに切り替えるには図の下のボタンをクリックしてください。読み込みが始まらない時は図をクリックしてみてください。

クリスタリンの持つ機能にとって重要なことは、様々な種類の類似複合体を作れる能力があることである。この能力のおかげで、水晶体細胞内で濃縮された時滑らかでランダムな形態をとることができる。クリスタリンの結晶構造により、構成要素が数種類しかなくてもドメイン交換(domain swapping)を使って多様な複合体を作っていることが明らかになった。βクリスタリンはよくあるドメイン交換機構を使い、β鎖の異なる変異体を混ぜてうまく適合させる。αクリスタリンの場合は、より複雑な機構を使って更に長い複合体を作る。上図下にあるボタンをクリックして、ドメイン交換について詳細に示している対話的操作のできる表示に切り替えてみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 多くのタンパク質が安定な複合体を作るのにドメイン交換を使っています。そのような他の事例をPDBで見つけることができますか?(ヒント:「ドメイン交換」(domain swapping)という言葉がタイトルや概要によく使われています。)
  2. 他に思いつく2つ以上の機能を持ったタンパク質はありますか?

参考文献

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2010年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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