118: ナトリウム・カリウムポンプ(Sodium-Potassium Pump)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)
ナトリウム・カリウムポンプ(PDB:2zxe)

私たちの身体は多くのエネルギーを使う。ATP(adenosine triphosphate、アデノシン3リン酸)が私たちの細胞で用いられる主要なエネルギー通貨の一つとなっており、一日中継続して使われそして再構築されている。驚くべきことに、1日に作られるATPの量を合計すると、おおよそ私たちの身体全体の重量に相当する。このATPは筋肉の動力となったり、酵素が適切な反応を行えるようにしたり、身体を温めたりといった様々な方法で消費される。ところが最もATPを使うのはここに示したタンパク質である。細胞で作られたATPのおよそ3分の1がこの「ナトリウム・カリウムポンプ」(sodium-potassium pump)に動力を供給するのに使われる。

イオンの汲み入れ・汲み出し

ナトリウム・カリウムポンプ(PDBエントリー 2zxe3b8e)は細胞膜に見られ、イオン勾配を作り出す役割を担っている。ATPによる動力を使って継続的にナトリウムイオンを細胞外に排出し、カリウムイオンを細胞内へ汲み入れている。1分子のATPが分解されるごとに、3つのナトリウムイオンが汲み出され、2つのカリウムイオンが汲み入れられる。ナトリウムイオンが使い果たされると、電気的勾配と濃度勾配が生み出され、様々な仕事を行うのに使われる。

驚くべき勾配

この勾配の最も素晴らしい使い方は神経信号の伝達である。私たちの神経軸索(nerve axon)は細胞内部のナトリウムイオンを使い果たし、神経興奮が発生している間に電圧で開閉する特別なナトリウムチャネル(sodium channel)を使ってナトリウムイオンを急速に流れ戻す。ナトリウム・カリウムポンプは軸索が次の信号の準備ができた状態を維持する仕事を担っているのである。また勾配は細胞内の浸透圧の制御も助けてたり、ナトリウムイオンの流れと連携してカルシウムイオン(calcium ion)やぶどう糖(glucose)のような他の分子を輸送する他のポンプに動力を供給したりもしている。

心臓用の薬

伝統的な心臓疾患の治療はナトリウム・カリウムポンプを阻害することによって効果を示す。ジキタリス(digitalis)やウアバイン(ouabain、3a3y)のような植物毒、そしてこれと似た有毒なヒキカエルの毒は、総称して強心ステロイド(cardiotonic steroid)と呼ばれ、少量の投与によってイオンの輸送速度を遅らせることができる。細胞内のナトリウムイオンの濃度が上昇すると、ナトリウム・カルシウム交換がゆっくりになり、カルシウムが蓄積して、最終的に心筋が収縮するよう促す。最近の研究によって、これらの毒素に似た分子を私たちの細胞自身が作っているが、それは低濃度でありナトリウム・カリウムポンプの活動を制御していることが明らかになった。

P型ポンプ

左:ナトリウム・カリウムポンプ(PDB:2zxe) 中央:カルシウムポンプ(PDB:1su4) 右:水素イオンポンプ(PDB:3b8c)

ナトリウム・カリウムポンプ(ここに示したのはPDBエントリー 2zxe)はP型ATPアーゼポンプ(P-type ATPase pump)で、そう呼ばれるのは動作機構全てにおいてリン酸と関連した中間体が関わっていることによる。PDBのエントリーには、現在他にもそのような例が見られる。カルシウムポンプ(calcium pump、ここに示したのはPDBエントリー 1su4)の構造が多数PDBに登録されており、これらはポンプの動作サイクル中どのようにして大きな構造変化をするのかを示している。また別の事例として、植物細胞の細胞膜に見られる水素イオンポンプ(proton pump、PDBエントリー 3b8c)や、胃を酸性にする水素イオン・カリウムポンプ(proton-potassium pump、PDBエントリー 3ixz、ここには図示していない)が挙げられる。水素イオンポンプとカルシウムポンプはそれぞれ1本の鎖でできているが、カリウムを輸送するポンプは通常それに加えて2番目の小さな鎖(上図右、水色部分)も持っている。ナトリウム・カリウムポンプは更に、3つ目の制御鎖(紫色の部分)も持っている。

構造をみる

ナトリウム・カリウムポンプがカリウムイオンをとらえている様子(PDB:2zxe)

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ナトリウム・カリウムポンプ(PDBエントリー 2zxe)は多くの動く部分を持つタンパク質の機械である。膜を貫通するらせん(helix)にはナトリウムイオンとカリウムイオンの結合部位があり、細胞質(cytoplasm)へ突き出た大きな葉状部分(lobe)にはATPの切断をポンプの回転と連携するための機械がある。通常の回転は数段階を経て行われる。まず、ポンプが細胞質にあるATPおよび3つのナトリウムイオンと結合する。次にATPがポンプをリン酸化して、ポンプの形が変化し、細胞の外側に向けて開いた形となる。ナトリウムイオンは外へ放出され、2つのカリウムイオンがとらえられる。最後に、リン酸が切断されてポンプの形は元に戻り、カリウムイオンは細胞の内側へ放出される。ここに示した構造はポンプが動作するサイクルの途中の状態をとらえたもので、ポンプがカリウムイオンという運搬荷物をとらえた直後のものである。2つのカリウムイオン(緑色)は、全ての面がタンパク質に由来する酸素(oxygen)原子によって囲まれている。

"Ligand Explorer" を使ってこれらの相互作用を見ることもできる。ポンプ動作部位(pumping site)にある2つのカリウムイオンの残基番号は2003番と2004番である。"Metal Interaction"(金属相互作用)オプションをクリックして確かめて欲しい。

文中に登場するPDB IDをクリックして表示されるPDBj検索結果の「Sequence Neighbor」ページで、ナトリウム・カリウムポンプと似た配列を持つエントリーの最新リストを見ることができる。

理解を深めるためのトピックス

  1. ナトリウム・カリウムポンプはナトリウムイオンとカリウムイオンを区別することができます。このタンパク質はどのようにしてこれら2種類のイオン、あるいはその他の種類のイオンと区別できているのでしょうか?
  2. ナトリウム・カリウムポンプの膜貫通部位はαらせんの束でできています。他の多くの膜結合タンパク質も似たようなαらせんの束を持っています。このような他の事例をPDBから見つけることができますか?また、なぜこれが膜結合タンパク質を構築するに当たって特に効果的なやり方なのでしょうか?

参考文献

以下に参考文献を挙げる。

1日のATP消費量の計算についてはこちら。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2009年10月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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