091: チミン2量体(Thymine Dimers)
夏がやってくると、みんな外に出て日光浴を楽しむ。しかし日よけクリームを忘れてはいけない、なぜなら過剰な日光が細胞に害を与えるからである。少量の日光はビタミンDをつくるのに必要だが、大量の日光はDNAに危害を加える。その主要因は日光に含まれる紫外線である。その中で最もエネルギーが高く有害な紫外光の波長は、UVCと呼ばれており、大気上層のオゾンによって遮蔽されている(少なくとも今のところは)。ところがUVA、UVBと呼ばれているより弱い紫外光は、大気を通り抜けDNAに化学的な変化を起こすのに十分な強度を持ってやってくる。
危険な2量体
紫外光はDNAのチミン塩基とシトシン塩基が持つ二重結合によって吸収される。紫外光が吸収されてエネルギーが与えられると、二重結合は開いて隣接する塩基と反応できるようになる。もし隣接する塩基がチミンまたはシトシンであった場合、2つの塩基間で共有結合をつくることができる。ここに示したのはその中でも最もよく見られる反応で、2つのチミン塩基が2本の結合によってつながれ強固なチミン2量体を形成したものである。上の図はPDBエントリー 1n4eから、下の図はPDBエントリー 1ttd得られたものである。この現象は珍しいものではない。日光を浴びていると毎秒50個から100個ものチミン2量体が皮膚細胞でつくられているのだ!
ポリメラーゼに関する問題
このような2量体は厄介もので、DNAの中に堅いもつれをつくる。それが細胞のDNAを複製する際に問題となる。DNAポリメラーゼが2量体に行き当たると配列を読み込むことができなくなる。なぜなら2量体は活性部位にすんなりとははまらないからである。ただ、ここに示したようなチミン2量体(TTダイマー)の存在は主たる問題ではない。なぜなら、DNA複製の際、通常は正しくアデニンと組ををつくるからである。ところが、シトシン2量体(CCダイマー)の場合はうまくいかない。DNAポリメラーゼはよく間違えて、本来の対合相手であるグアニンの代わりにアデニンを持ってきてしまい変異を起こす。もしこのような事態が、細胞の成長を制御する重要な遺伝子で起こったら、その変異はがんを引き起こしうる。そのような遺伝子として、Srcトリプシンリン酸化酵素やp53腫瘍抑制因子の遺伝子が挙げられる。
誤りの制御
私たちはたくさんの日光を浴びて暮らしているので、こういった問題を修正する強力な機構を持っているのは当然である。私たちの細胞はヌクレオチド除去修復と呼ばれる反応過程を使うが、これにはタンパク質の大きな集合体が一致団結して働く必要があり、それによって、壊れた塩基を認識し、誤りを含むDNA部分を切り出した上で、損傷した部分に新しいコピーを作り出す。他の生物では、更に追加の集合機構を持っている。例えば、上図左の酵素(PDBエントリー 1vas)は、損傷した塩基を切り出して修復できる場所をつくるエンドヌクレアーゼである。驚くべきことに、このエンドヌクレアーゼはチミン2量体を直接認識している訳ではない。図を見ると、図中に赤紫色で描かれてたチミン2量体が酵素に全く触れていないことが分かる。酵素はその代わりにチミン2量体と組を形成しているアデニンを認識するのである。塩基対相互の結合は2量体の歪んだ形によって弱められているので、アデニンは簡単にはじきとばされ酵素の窪みに結合する。上図右の酵素(PDBエントリー 1tez)は光修復酵素(photolyase)で、2量体をつないでいる結合を直接切断し、その部分を修復する。皮肉なことに、光修復酵素はその反応を強化するのに可視光を使っている。この構造はチミン2量体が修復された後のDNAを捕えている。2つのチミン塩基(赤紫色)は通常のDNAらせんからは飛び出しており、酵素表面の窪みに結合していることに注目して欲しい。
構造を見る
ほとんどのDNAポリメラーゼはチミン2量体などのピリミジン2量体を持つDNAの複製には苦労する。上図左の酵素(PDBエントリー 1rys)は例外で、損傷DNAを読み取れるよう設計されている。この酵素は活性部位はゆるい構造を持ち、堅いチミン2量体を取り込むことができる。ところが、この開いた活性部位は複製の際誤りを招きやすい。一方、最も典型的なDNAポリメラーゼは上図右に示したPDBエントリー 1sl2のものである。こちらはの酵素はしっかりDNAを包み込むので、よくDNAと接触し正確にDNAを複製する。ところが損傷のある塩基の複製は困難を極め、通常のDNA複製に比べるとチミン2量体を含むDNAの複製速度は3000分の1になってしまう。
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チミン2量体についてさらに知りたい方へ
以下の参考文献もご参照ください。
- H. S. Black, F. R. deGruijl, P. D. Forbes, J. E. Cleaver, H. N. Ananthaswamy, E. C. deFabo, S. E. Ullrich and R. M. Tyrrell (1997) Photocarcinogenesis: an overview. Journal of Photochemistry and Photobiology B: Biology 40
- T. Lindahl and R. D. Wood (1999) Quality control by DNA repair. Science 286