276: クリック化学(Click Chemistry)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

図左側に示す2つの前駆体分子は、アセチルコリンエステラーゼという酵素の隣り合った部位に結合する。これにより、図右側に示すように、2つの分子は適切な方向に配置され、互いに結合して強力な阻害剤となる。
図左側に示す2つの前駆体分子は、アセチルコリンエステラーゼという酵素の隣り合った部位に結合する。これにより、図右側に示すように、2つの分子は適切な方向に配置され、互いに結合して強力な阻害剤となる。 高解像度TIFF画像はこちら

タンパク質や核酸の構造を理解することで、阻害剤でブロックしたり、非天然の化学基で修飾したりして、それらを制御する能力を得ることができる。これが構造誘導創薬の基本であり、現在この方法を使って多くの重要な治療薬が発見されている。しかし、生体分子は複雑な形状をしており、それに結合する分子も同様に特異な形状を持つ必要があることが大きな課題となっている。今年のノーベル化学賞は、研究者が望む形や性質を持つ多様な分子を合成するのに役立つ、部品組み立て式手法を用いた化学の先駆けとなった3人の研究者に贈られた。

部品組み立て式のレゴブロック

クリック化学(click chemistry)を使えば、組み立て式となった前駆体の部品を連結することで、カスタマイズした分子をつくることができる。この結合をつくるコツは、通常は反応しないが適切な条件下でのみ「クリック」できる化学基を見つけることである。シャープレス(Sharpless)とメルダル(Meldal)の研究室はそれぞれ独自に、銅を触媒としてアジ化物(azide)とアルキン(alkyne)を結合できることを発見した。この2つの化学基が反応すると、2つの分子をつなぐ特徴的な5員環のトリアゾール(triazole)が形成される。

酵素に選ばせる

驚くべきことに、シャープレスの研究室は、銅を使わずに酵素でこれと同じ反応が行えることを明らかにした。アジ化物とアルキンはともにタンパク質に結合して、近づけられ、反応が促される。酵素のアセチルコリンエステラーゼ(acetylcholinesterase)にアジ化物やアルキンの官能基をもつ前駆体のペアをたくさん加えたところ、酵素は最適なものだけをつなげることが彼らの代表的な実験でわかった。この方法により酵素は、これまで知られていたどの非共有結合阻害剤よりも強固に結合する阻害剤を作り出した。ここに示すその化合物はPDBエントリー 1q83由来のものである。このような反応は、生きた細胞内でも行われており、検知針と検知器を細胞内のタンパク質に接続することができる。ベルトッツィ(Bertozzi)の研究室では、例えば、アルキンを歪んだ分子環の中に埋め込むことによって毒性のある銅触媒を使わなくて済むようにするなど、細胞にやさしいクリック反応をいろいろと開発してきた。

風変わりな構築様式

キセノンを捕らえるクリプトファン分子(緑色)と、酵素である炭酸脱水酵素IIに特異的に結合する分子(赤紫色)をクリック合成してつくったバイオセンサー。クリプトファンの上部には、クリック化学を使ってさらに2つの置換基が付加されている。
キセノンを捕らえるクリプトファン分子(緑色)と、酵素である炭酸脱水酵素IIに特異的に結合する分子(赤紫色)をクリック合成してつくったバイオセンサー。クリプトファンの上部には、クリック化学を使ってさらに2つの置換基が付加されている。 高解像度TIFF画像はこちら

クリック化学は、合成化学で使われる手法群の中でも中心的なものになっている。クリック化学はコンビナトリアル化学(combinatorial chemistry)で広く用いられており、多くの要素をさまざまな組み合わせでつないだときの効力をすべて迅速に調べることができる。また、研究者が欲しいと思っていた夢の分子を実現することに対象を絞った合成手法としても使われている。ここで紹介する分子(PDBエントリー3cyu)は、バイオセンサーとして設計されたものである。上部にある球状のクリプトファン(cryptophane)には、クリック反応のアルキン部分があって、MRIの造影剤として役立つと考えられているキセノン原子(xenon atom)を捕らえている。下部にあるアジ化物部分は、標的酵素である炭酸脱水酵素 II(carbonic anhydrase II)へ特異的に結合する分子である。

構造をみる

クリック化学によってつくられた酵素阻害剤

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アジ化物前駆体とアルキン前駆体とのクリック化学では、反応中にどのような並び方で隣り合わせになっていたかによって、アンチ(anti)型とシン(syn)型というわずかに異なる2つのトリアゾールをつくることができる。銅を触媒とする場合、できるほとんどのトリアゾールはアンチ型であり、つながった2つの前駆体は5員環からそれぞれ反対方向に伸びている(PDBエントリー1q84)。しかし、上述したアセチルコリンエステラーゼによる触媒反応の場合、ほとんどは前駆体が横に並んだシン型トリアゾールとしてつくられる(PDBエントリー1q83)。ご想像の通り、このシン型化合物は、アンチ型化合物よりも酵素に強く結合することが生化学的試験で示された。画像の下のボタンを押して対話的操作のできる画像に切り替え、両者の構造をより詳しく見てみて欲しい。

理解を深めるためのトピックス

  1. 多くのクリック化学阻害剤がPDBアーカイブに登録されています。RCSB PDBの詳細検索にあるChemical Sketch Toolを使って探すことができます。例えば、SMILES文字列「CN1C=C(C)N=N1」で検索してみてください。
  2. アセチルコリンエステラーゼに結合したアルキン前駆体とアジ化物前駆体をPDBエントリー5eihで見ることができます。

参考文献

  1. 3cyu Aaron, J.A., Chambers, J.M., Jude, K.M., Di Costanzo, L., Dmochowski, I.J., Christianson, D.W. 2008 Structure of a 129Xe-cryptophane biosensor complexed with human carbonic anhydrase II. J Am Chem Soc 130 6942-6943
  2. Prescher, J.A., Bertozzi, C.R. 2005 Chemistry in living systems. Nat Chem Biol. 1 13-21
  3. 1q83, 1q84 Bourne, Y., Kolb, H.C., Radic, Z., Sharpless, K.B., Taylor, P., Marchot, P. 2004 Freeze-frame inhibitor captures acetylcholinesterase in a unique conformation. Proc Natl Acad Sci U S A 101 1449-1454
  4. Kolb, H.C., Sharpless, K.B. 2003 The growing impact of click chemistry on drug discovery. Drug Discov Today 8 1128-1137
  5. Lewis, W.G., Green, L.G., Grynszpan, F., Radic, Z., Carlier, P.R., Taylor, P., Finn, M.G., Sharpless, K.B. 2002 Click chemistry in situ: Acetylcholinesterase as a reaction vessel for the selective assembly of a femtomolar inhibitor from an array of building blocks. Angew Chem Int Ed 41 1053-1057

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2022年12月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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