321: バイオフィルム(Biofilms)

著者: Janet Iwasa 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

BcsA(紫色)とBcsB(水色)は複合体を形成し、環状ジグアニル酸一リン酸(cyclic-di-GMP、濃い赤紫色)の結合により活性化されてセルロース鎖(黄色)を生成する。BcsG(濃い青色)はセルロース鎖を修飾してpEtNセルロースを形成し、これがBcsCでできたチャネルを通ってペリプラズム空間から排出される。構造が解明できなかったBcsCドメインは緑色でおおよその輪郭を示す。
BcsA(紫色)とBcsB(水色)は複合体を形成し、環状ジグアニル酸一リン酸(濃い赤紫色)の結合により活性化されてセルロース鎖(黄色)を生成する。BcsG(濃い青色)はセルロース鎖を修飾してpEtNセルロースを形成し、これがBcsCでできたチャネルを通ってペリプラズム空間から排出される。構造が解明できなかったBcsCドメインは緑色でおおよその輪郭を示す。 高解像度TIFF画像はこちら

細菌と聞くと、水中をそれぞれ自由に泳いでいる細胞や、実験室のシャーレで増殖している細胞を想像するかもしれない。しかし実際には、それとはまったく異なる生活様式を好む細菌も多い。岩、歯、金属表面など、適切な表面を見つけると、細菌はそこに定着し、増殖し、接着剤のような物質で自らを包み込み、バイオフィルム(biofilm)を形成する。細菌が自分でつくる細胞外マトリックスは、分泌された糖、タンパク質、DNAからなり、細菌を所定の位置に固定する保護層として機能して、脱水や消毒剤、抗生物質から細菌を守る。多くのバイオフィルムは無害で、有益な場合もあるが、細菌が望ましくない場所に発生すると、深刻な問題を引き起こす可能性がある。

バイオフィルムがもたらす重大な問題の一つは、食品の安全性である。コンベアベルト、保管容器、調理台などの食品加工機器は、細菌が付着してバイオフィルムを形成する場所となり得る。一度形成された微生物の群集は、個々の細菌よりもはるかに除去が難しくなる。定期的な洗浄や消毒後も、バイオフィルムは微細な亀裂や手の届きにくい場所に残存し、定期的に細菌を放出して食品を汚染する。これは、リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)、サルモネラ・エンテリカ(Salmonella enterica)、大腸菌(Escherichia coli)の一部株などの病原体による食中毒の発生や製品回収につながる。

医学において、バイオフィルムは多くの慢性感染症や治療困難な感染症の原因となっている。バイオフィルムはカテーテル、心臓弁、その他の埋め込み型医療機器に形成されることがある。体内のバイオフィルム内にいる細菌は抗菌剤や免疫系に対して高い耐性を示すため、感染症はしばしば持続し、長期にわたる治療が必要となる。

バイオフィルムの構成要素と、細菌がバイオフィルムを生成するために用いる分子機構を理解することで、バイオフィルムの形成を阻止したり、既存のバイオフィルムを破壊したりする新たな戦略をとることができるようになる。これらの取り組みは食品安全性の向上、医療関連感染症の減少、そして抗菌薬耐性との闘いにおける抗生物質の有効性の維持につながるという点において重要である。

セルロース製のケーブル

バイオフィルムの大部分は、細胞そのものではなく、細胞から分泌される糖、タンパク質、DNAのポリマー(多量体)である。細菌の中には、大腸菌やサルモネラ菌など、セルロース(cellulose)の長いフィラメントを産生し、強固な網状ネットワークを形成するものがいる。このセルロースは ブドウ糖(glucose、グルコース)のポリマーで、植物の細胞壁を硬化させるのと同じものである。この役割を担う酵素が、細菌の内膜に埋め込まれたタンパク質複合体であるセルロース合成酵素複合体のBcsA–BcsB(右図、pdb_00004p00およびpdb_00009b8v)である。BcsA(紫色で表示)はUDP-グルコースからブドウ糖を1つずつ伸長中の糖鎖(黄色で表示)に付加し、内膜貫通ドメインのチャネルを通して送り出す。そして、BcsAの上部に半円形に配置された6つのBcsBは、BcsAの機能を補助する役割を果たす。

BcsA-BcsBの活性は、環状ジグアニル酸一リン酸(cyclic di-GMP)という小分子によって制御されている。この小分子は、細菌が自由に動き回るのかバイオフィルムに定着するのかを決める重要な二次メッセンジャーである。環状ジグアニル酸一リン酸が結合すると、それまで固定されていたタンパク質ループが解放されて基質の進入路が形成される(この制御のしくみについて詳細は「構造をみる」の節を参照)。この信号は、後述するカーリータンパク質による粘着性鎖の産生など、他の接着分子の産生も促進し、鞭毛の活性を抑えて細菌の遊泳を止める。さらに、BcsAの活性は、細胞質タンパク質のBcsE(pdb_00006ybupdb_00009fnn、図には示していない)との相互作用によっても調節され、BcsEはBcsQおよびBcsRと協働してBcsAを活性化する。

内膜を通過してペリプラズム領域に到達したセルロース鎖は、粘着性を高める化学修飾を受ける。濃い青色で示す3つの内膜タンパク質BcsGが、伸長するセルロース鎖に脂質由来のホスホエタノールアミン(phosphoethanolamine、pEtN)基を付加してpEtNセルロースを生成する(なお、BcsGの触媒ドメインは公開されている構造では解明されておらず、図示していない)。形成されたpEtNセルロースポリマーは、BcsCpdb_00009b8h、緑色で表示)のチャネルを経由して細胞外に放出される。BcsCは、外膜βバレルタンパク質であり、ペリプラズムに延びる多数のTPRモチーフを持つ。

アミロイドの足場

カーリー線維は、CsgA サブユニット(黄色)の繰り返し配列からできており、CsgG-CsgFチャネル(ピンク色で示す)の狭い開口部を通り抜ける必要がある。
カーリー線維は、CsgA サブユニット(黄色)の繰り返し配列からできており、CsgG-CsgFチャネル(ピンク色で示す)の狭い開口部を通り抜ける必要がある。 高解像度TIFF画像はこちら

大腸菌やサルモネラ菌がつくるバイオフィルムにおいて、もう一つの主要構成要素となるのが長いタンパク質ポリマーである。代表的なタンパク質はカーリー(curli)と呼ばれ、CsgAタンパク質(黄色およびオレンジ色で示す部分、pdb_00008c50)が多数積み重なってできた、粘着性のある毛状線維である。カーリーは機能性アミロイド(functional amyloid)に分類され、アルツハイマー病(Alzheimer's disease)やパーキンソン病(Parkinson's disease)などの神経変性疾患で見られる病理学的線維状プラークの構成タンパク質と非常によく似た分子構造を持っている。ただし疾患原因となるアミロイドとは異なり、カーリー線維は意図的に構築され、構造的な足場として機能する。

細菌細胞はカーリー線維の形成を制御するための安全機構を進化させてきた。CsgGpdb_00004uv3)は9回対称のリング構造による専用チャネル(ピンク色で示す部分)を構築し、それがペリプラズム側にある籠状の前室によって覆われた36本のβストランドで構成されるβバレル構造を形成する。その中心には、幅が1ナノメートル弱の狭い狭窄部がある。補助タンパク質のCsgFpdb_00006si7およびpdb_00006l7c)はCsgGチャネルに結合して第2の狭窄部を形成し、カーリー線維の分泌と組み立てにおいて重要な役割を果たすと考えられている。このCsgG-CsgF複合体の狭い孔により、CsgAは折り畳まれていない一本鎖の状態でしか通過できず、細胞外に排出されるまでの不要な自己凝集が防がれる。この輸送系はATP分解やイオン勾配を駆動源とせず、線維の重合反応自体が牽引力となって外に排出する推進力を生み出す。排出されたCsgAは、核形成と細胞表面への固定を担う補助タンパク質CsgB(図示していない)の作用によって折り畳まれ、線維を伸長させる。また、pEtNセルロースもこの重合・定着過程を補助していると考えられている。

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アポ状態で自己阻害されたBcsA-BcsB複合体(pdb_00004hg6)では、ループが活性部位に繋ぎ止められている。ここに環状ジグアニル酸一リン酸(濃い赤紫色)が結合すると、そのループが解放されて酵素(pdb_00004p00)が活性化される。

理解を深めるためのトピックス

  1. バイオフィルムの形成は、細菌の抗生物質や抗菌剤に対する耐性を高める要因となる。抗菌剤耐性のさまざまなしくみを、他の事例も併せて学んでみよう。
  2. 地球上でセルロースを最も多く生産しているのは植物である。植物がセルロース合成酵素を使って細胞壁を強化するしくみを詳しく見てみよう。
  3. DNAシーケンシング用のナノポアにおいてCsgGチャネルがどのように利用されているかについて読んでみてほしい。なお、ここで輸送されるのは折り畳まれていないタンパク質鎖ではなくDNAである。
  4. アミロイドタンパク質とそれが脳の変性疾患にどのように関わっているかについて、さらに詳しく読んでみよう。

参考文献

  1. pdb_00004p00 Morgan JL, McNamara JT, Zimmer J. 2014 May Mechanism of activation of bacterial cellulose synthase by cyclic di-GMP. Nat Struct Mol Biol. 21 5 489-496
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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2026年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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