319: ハンタウイルス(Hantavirus)

著者: Janet Iwasa 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

ハンタウイルスのエンベロープ糖タンパク質(pdb_00009p3xおよびpdb_00006zjmの構造)。オレンジ色で示すGnと赤色で示すGcは、ウイルス膜(灰色で示す)の表面に四量体の正方形のようなタイル状に配置されている。
ハンタウイルスのエンベロープ糖タンパク質(pdb_00009p3xおよびpdb_00006zjmの構造)。オレンジ色で示すGnと赤色で示すGcは、ウイルス膜(灰色で示す)の表面に四量体の正方形のようなタイル状に配置されている。 高解像度TIFF画像はこちら

クルーズ船で発生したハンタウイルス(hantavirus)の流行により、この人獣共通感染症ウイルスが最近注目を集めている。世界中で、毎年数万件のハンタウイルス感染症が発生していると推定されている。感染経路として最も一般的なのは、感染したげっ歯類の尿、糞便、唾液で汚染された粉塵を吸い込むことである。ハンタウイルスは通常、保有するげっ歯類には目立った病気を引き起こさないが、ヒトに感染すると重篤な疾患を引き起こす可能性がある。ハンタウイルスは世界各地で発見されているが、その場所によって異なる病態と関連付けられている。アメリカ大陸で発見される新世界ハンタウイルスは、ハンタウイルス肺症候群を引き起こす可能性がある。これは、急速に致命的となり得る重篤な呼吸器疾患である。ヨーロッパやアジアにおいて、旧世界ハンタウイルスは、呼吸器疾患よりもむしろ血管や腎機能に影響を与える疾患である腎症候性出血熱とより関連があるものと考えられている。人から人への感染が起こったと考えられる数少ない事例において、感染はアンデスウイルスとして知られる特定の新世界ハンタウイルスに関連しており、感染には個人間の密接な接触が必要であると考えられている。

ウイルスの構造

ハンタウイルスは、さまざまな形状や大きさを持つ膜エンベロープRNAウイルスである。顕微鏡で見るとハンタウイルスは概ね球形に見えるが、細長いものや管状のものもある。ウイルスゲノムは、小(S)、中(M)、大(L)セグメントと呼ばれる3つの1本鎖RNAで構成されている。各セグメントは、それぞれ別々のウイルス成分をコードし、感染と複製に不可欠である。小セグメントは、ウイルスRNAに結合して保護するヌクレオカプシドタンパク質をコードしている。中セグメントは、ウイルス表面から突き出ている2つのエンベロープ糖タンパク質Gn、Gcをコードしている。大セグメントは、ウイルスゲノムの転写と複製を担うRNA依存性RNAポリメラーゼをコードしている。

ウイルス膜の表面は、正方形の四量体複合体を形成するGn/Gcタンパク質複合体で覆われている。これらのタイル状の複合体は、右図(pdb_00009p3xおよびpdb_00006zjmの構造)に示すように、ウイルス表面全体に特徴的な正方形格子を形成する。内部では、糖タンパク質の尾部がヌクレオカプシドタンパク質およびウイルスRNAと相互作用し、ゲノムをパッケージ化する棒状のリボヌクレオタンパク質複合体を形成する。

ハンタウイルスから身を守る

ADI-65534(青色)と呼ばれる汎ハンタウイルス中和抗体は、GcおよびGnのエンベロープタンパク質(pdb_00009p3yおよびpdb_00007qqb)間の界面に結合する。この構造では、抗体の抗原結合領域のみを示しており、エンベロープタンパク質の膜貫通ドメインは示していない。
ADI-65534(青色)と呼ばれる汎ハンタウイルス中和抗体は、GcおよびGnのエンベロープタンパク質(pdb_00009p3yおよびpdb_00007qqb)間の界面に結合する。この構造では、抗体の抗原結合領域のみを示しており、エンベロープタンパク質の膜貫通ドメインは示していない。 高解像度TIFF画像はこちら

ハンタウイルスは細胞に感染する際、表面のスパイクタンパク質を標的細胞表面のタンパク質(血管や呼吸器系の内壁細胞など)に結合させる。付着して内部に取り込まれると、スパイクタンパク質は劇的に構造を変化させ、ウイルス膜が宿主の細胞膜と融合する。これによりウイルスゲノムが細胞内に放出され、感染が始まる。免疫系が感染に反応すると、身体はウイルスを認識するさまざまな抗体を産生する。この中には「中和抗体」(neutralizing antibody)があり、ウイルスの複製と拡散を阻止できる。研究者たちは、ハンタウイルス感染から回復した人から中和抗体を分離した。これらの抗体のほとんどは単一のハンタウイルスのみを認識するが、複数のハンタウイルスを阻止できる広域中和抗体(broadly neutralizing antibody)も発見されている。

ADI-42898と呼ばれる抗体は、主にヨーロッパとロシアに分布する旧世界ハンタウイルスのプーマラウイルス(Puumala virus)に感染した患者から分離された。構造研究により、この抗体はGnタンパク質とGcタンパク質の界面に結合し、ウイルスのスパイクを融合前状態に固定して、ウイルスが細胞に侵入するのを防ぐことが明らかになった。重要なことに、ADI-42898は旧世界および新世界の幅広いハンタウイルスに対して防御効果を示すことが実証された。研究者らはその後、アンデスウイルスに対する活性向上を含む、さらに広範な阻害活性を持つ最適化された抗体ADI-65534を開発した。抗体がどのように感染を認識し、阻止するのかを研究することで、まだFDAで承認された治療法やワクチンが存在しないハンタウイルスに対する新たな治療法の開発につながる可能性がある。

構造をみる

融合前構造と融合後構造の比較

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ハンタウイルスのスパイクタンパク質は特徴的な正方格子状に並んでいるが、細胞感染中にその並び方を変える。Gcエンベロープタンパク質(ピンク色で示す部分)は、ウイルス膜表面に三量体スパイクを形成し、構造変化を起こしてウイルス膜と細胞膜の融合を引き起こす。このしくみは、HIVデングウイルス(dengue virus)などの他のウイルスが細胞に感染する方法と似ている。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、アンデスウイルスのGc/Gn融合前四量体(pdb_00006p3x)とプーマラウイルスの融合後Gc三量体(pdb_00005j81)を比較し、両者の構造の違いを確認してほしい。

理解を深めるためのトピックス

  1. HIVやインフルエンザを標的とする広域中和抗体について、詳しくはリンク先を参照のこと。
  2. ハンタウイルスが細胞に感染するときに用いる融合のしくみは、HIVやデングウイルスなど他のウイルスが細胞に感染するメカニズムと似ている。HIVデングウイルスのエンベロープタンパク質に関してリンク先を読んでみよう。

参考文献

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2026年7月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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