318: 治療用ファージ(Therapeutic Phage)
細菌は地球上で最も繁栄している生命体の一つであり、想像しうるほぼすべての環境に生息している。たとえば、海洋、砂漠、さらには雲の中にも膨大な数の細菌がおり、私たちの体内には30兆個以上の細菌がみられる。この数は驚異的だが、実は細菌自身よりもずっと小さな存在、すなわちバクテリオファージ(bacteriophage)またはファージ(phage)と呼ばれる細菌ウイルスの方がもっと数が多い。あらゆる細菌種には、その細菌に感染するように適応したファージ種がたいてい何種類も存在する。
ファージは、細菌表面の分子に付着し、遺伝物質を細胞内に送り込むことで細菌に感染する。細胞内に入ると、ファージは細菌の機構を乗っ取り、新たなウイルス粒子を産生する。そして最終的に感染した細胞は破裂する。その際、近隣の細菌に感染できる多くの新たなファージが放出される。しかし、一部のファージは細菌のゲノムに静かに組み込まれ、外部からの刺激によって活性化されるまで休眠状態を維持することができる。
ウイルスの多様性
ファージは、その形態とゲノムを構成する遺伝物質の種類に基づいて分類される。既知のファージの95%以上を占めると推定される圧倒的多数は、尾部を持つ二本鎖DNAファージである。これらのファージは頭部と尾部を持ち、顕微鏡サイズの月着陸船に似ている。 頭部は遺伝物質を含んでいて大きい。尾部は、細菌細胞を認識して感染するために使われる。 尾部を持つファージは、3つの主要な形態グループに分類される。シフォファージ(siphophage)は、長く柔軟な非収縮性の尾部を持つ。ミオファージ(myophage)は、分子注射器のような収縮性のある尾部を使って、遺伝物質を宿主細菌に送り込む。ポドファージ(podophage)は短い尾部が特徴である。この記事では、これらのファージの例を紹介する。右図のE217は、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)に感染するミオファージである。次の図に示すのが、E217と同じく緑膿菌に感染するシフォファージJBD30と、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)に感染するポドファージのアンドラ(Andhra)である。
ファージを用いた細菌感染症の治療
多剤耐性菌の台頭は、21世紀における最も深刻な公衆衛生上の脅威の一つとなっている。かつては奇跡の薬と考えられていた抗生物質だが、その有効性は失われつつある。なぜなら、 細菌が耐性のしくみを進化させる速度が、新たな薬剤発見の速度を上回っているためである。 世界中で、抗生物質耐性菌感染症により毎年数百万人の死者が出ている。
従来の抗生物質の信頼性が低下してきたため、別の方法で細菌感染症の治療法を開発することに力が注がれてきた。その一つが、病原菌を選択的に殺すバクテリオファージの使う方法である。ファージ療法は新しい技術革新のように思えるかもしれないが、実際には1920年代から1940年代にかけて、市販の治療薬として世界中で広く利用されていた。 しかし、決定的な治療結果が出なかった。また、ペニシリン(penicillin)などの抗生物質が広く普及したことで、治療用ファージへの熱意は薄れていった。
しかし近年、ファージ療法への関心が再び高まっている。特に、生命を脅かす抗生物質耐性感染症の患者に対する人道的治療が成功した事例を受けてのことだ。現在、世界中で数十件のファージ療法に関する臨床試験が実施中または計画中である。
ファージカクテル
有望視されているにもかかわらず、ファージ療法は臨床での普及を阻むいくつかの重大な課題に直面している。多くの細菌種を同時に殺すことができる広域スペクトル抗生物質とは異なり、ほとんどのファージは非常に特異性が高い。単一のファージは、1種類の細菌種、あるいはその種内の特定の株にしか感染しない。この特異性は、有益な微生物を害することなく有害な細菌だけを標的にできるという利点がある。しかし、それは同時に、患者の感染状況に厳密に適合しないと効果的な治療は望めないことを意味する。
ファージは、ファージ尾部にある受容体結合タンパク質と細菌表面にある特定の分子との相互作用によって、宿主となる細菌を識別する。一部のファージについては、関与する細菌側の受容体がすでに特定されている。しかし、ほとんどのファージについては、標的分子がまた分かっておらず、予測も難しい。そのため、効果的な治療には、綿密に設計されたファージカクテル(phage cocktail)が必要となる場合がよくある。このファージカクテルとは、患者の感染症を引き起こしている細菌を特異的に攻撃するように選択された複数のファージを混合したものである。これを使えば、細菌が急速に耐性を獲得する可能性を減らすことができる。
現在、ファージ療法をより効果的にする方法を探す研究が積極的に行われている。これには、ファージの遺伝子操作を行い、より広い範囲の宿主に感染できるようにしたり、細菌の防御システムからの回避を助けたりするための取り組みが含まれる。また、細菌感染症の治療において、ファージ療法が従来の抗生物質をどのように補完できるかを探る研究も行われている。
構造をみる
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ほとんどのファージは、尾部または尾部線維の末端にある受容体結合タンパク質(receptor binding protein、RBP)と、宿主細胞表面にあるタンパク質や糖などの分子が、特異的な相互作用をすることによって宿主細胞を認識する。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画面に切り替え、細菌宿主タンパク質に結合したファージRBPの例を詳しく見てみて欲しい。最初の例(pdb_00008a8cおよびpdb_00008b14)は、T5ファージのRBPが大腸菌のFhuAトランスポーターに結合する様子を示している。2番目の例(pdb_00008xcj)は、λファージのRBPの受容体結合ドメインであるgpJがD亜群赤痢菌(Shigella sonnei)のポリン(膜貫通タンパク質の一種)LamBに結合する様子を示している。3番目の例(pdb_00009rpt)は、オエコランパド(Oekolampad)ファージの尾部RBPがB亜群赤痢菌(Shigella flexneri)のLptDEトランスロコンに結合する様子を示している。いずれの場合も、ファージRBPは赤紫色で、細菌受容体は白色で示す。
理解を深めるためのトピックス
- 大腸菌に感染するバクテリオファージであるphiX174について読んでみよう。PhiX174は、タンパク質Eと呼ばれる小さなタンパク質を生成する。このタンパク質は、細菌細胞からファージを放出するときに重要である。
- 細菌がファージに対抗する手段の一つは、外来DNAを切断する制限酵素(restriction enzyme)を利用することである。
- 細菌はさまざまな方法で抗生物質耐性を獲得するが、その多くは過去の「今月の分子」記事で紹介されている。ストレプトマイシン(streptomycin)などのアミノグリコシド系抗生物質(aminoglycoside antibiotics)、ペニシリンなどのβ-ラクタム系(β-lactams)、そして細菌がこれらの薬剤に対しどのようにして耐性を獲得するのかについて読んでみて欲しい。
- デビッド・グッドセル氏によるイラストで、バクテリオファージT4のライフサイクルを詳しく見てみよう。
参考文献
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