316: 昆虫の嗅覚受容体(Insect Odorant Receptors)

著者: Janet Iwasa 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

昆虫の嗅覚受容体は4つのサブユニットで校正されるイオンチャネルである。図上側に示す構造(pdb_00008v00とpdb_00008v02)では、Orcoサブユニットをピンク色で、ORサブユニットを水色で示す。図右側には、開いた状態の受容体がリガンドのo-クレゾール(黄色で示す部分)に結合している様子を示す。
昆虫の嗅覚受容体は4つのサブユニットで校正されるイオンチャネルである。図上側に示す構造(pdb_00008v00pdb_00008v02)では、Orcoサブユニットをピンク色で、ORサブユニットを水色で示す。図右側には、開いた状態の受容体がリガンドのo-クレゾール(黄色で示す部分)に結合している様子を示す。 高解像度TIFF画像はこちら

私たちが周囲の世界を理解する能力は、光、温度、触覚などの刺激を検出することに特化した感覚タンパク質に依存している。感覚タンパク質の中で圧倒的に多いのは化学受容体で、これによって私たちは味や匂いを知覚することができる。哺乳類の場合、嗅覚は鼻から始まり、そこで空気中の分子は嗅神経細胞(olfactory neuron)と呼ばれる特殊な細胞に出会う。これらの神経細胞はそれぞれ嗅覚受容体(odorant receptor)と呼ばれる受容体を(ヒトでは合計約400種類あると推定されているうちの)1種類だけ発現している。哺乳類の嗅覚受容体はすべてGタンパク質共役型受容体(GPCR)スーパーファミリー(G protein-coupled receptor superfamily)というグループに属している。特定の匂い物質が特定の受容体群に結合することにより嗅神経細胞の一部が活性化し、最終的に個々の受容体に応した特有の匂い感覚が生じる。

昆虫はどのようにして匂いを感じるのか

昆虫もまた、周囲の環境を把握するために嗅覚に大きく依存している。しかし、昆虫は空気中の分子を感知するために、私たちとは非常に異なるしくみを用いていることが分かっている。多くの昆虫の主な嗅覚器官は触角で、感覚毛と呼ばれる微細な毛状構造で覆われている。匂い分子は感覚毛の孔を通って内部に入り込み、そこで嗅神経細胞上の匂い受容体と相互作用する。

哺乳類の嗅覚受容体とは異なり、昆虫の嗅覚受容体はGPCRではなく、4つのサブユニットからなるリガンド依存性イオンチャネルである。匂い物質が結合するとチャネルが開き、イオンが細胞内に入り込むことで神経が活性化される。昆虫の嗅覚受容体は、2種類のサブユニットからなる四量体の複合体である。1つは、変化できる匂い物質結合サブユニット(ORと呼ばれる)で、もう1つは、Orcoとして知られる保存された共受容体である。嗅覚受容体(OR)は、さまざまな昆虫種において急速に拡大・多様化し、自然界で最も大きく、最も多様なイオンチャネルファミリーの一つを形成しており、数百万もの異なる変異体が存在し得る。この急速な進化は、昆虫が非常に多様な生態系に適応できる能力に貢献していると考えられている。

当初、2つのORと2つのOrcoからなる対称的な四量体として構築されるものだと推測されていたが、最近の構造研究により、1つのORサブユニットと3つのOrcoサブユニットで構成される非対称な受容体であることが明らかになった(右図に示すのはpdb_00008v00pdb_00008v02の構造で、同様の非対称構造はpdb_00008z9apdb_00008z9zpdb_00008v3cpdb_00008v3dでも見られる)。OR:Orcoの化学量論比は他にも存在する可能性が高いと考えられている。

匂い物質が結合すると、ORサブユニットの膜貫通領域にある深い疎水性ポケットに収まる。そしてこの結合によりORサブユニットは構造変化を起こし、チャネルの孔が開いてイオンが通過できるようになる。注目すべきは、この過程においてOrcoサブユニットはほとんど動かないことである。このことから、特定の匂い分子を検出する際にORサブユニットが中心的な役割を担っているということがより明確に言えるだろう。

多様な匂い物質の検出

シミの一種に由来する嗅覚受容体は4つの同じORサブユニットで構成されるホモ4量体をつくる。上に示すOR5チャネル(pdb_00007lic)は、オイゲノール(オレンジ色で示す分子、pdb_00007lid)やDEET(緑色で示す分子、pdb_00007lig)などさまざまな匂い分子が結合して開く。
シミの一種に由来する嗅覚受容体は4つの同じORサブユニットで構成されるホモ4量体をつくる。上に示すOR5チャネル(pdb_00007lic)は、オイゲノール(オレンジ色で示す分子、pdb_00007lid)やDEET(緑色で示す分子、pdb_00007lig)などさまざまな匂い分子が結合して開く。 高解像度TIFF画像はこちら

ハエやミツバチなど多くの身近な昆虫は共受容体Orcoを発現しており、ヘテロ四量体複合体として匂い受容体を組み立てるが、Orco遺伝子を全く持たない昆虫もいる。進化的に最も原始的な現生昆虫の一つと考えられている節足動物の Machilis hrabei (シミの一種)は、わずか5つのORサブユニットをコードしており、Orco遺伝子は持っていない。ゲノムに60以上のOR遺伝子をコードしているキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)などの他の昆虫モデル生物の受容体と比較することは、簡単なしくみによってどのように異なる匂い物質を識別しているのかを理解するのに役立つ。

M. hrabeiの嗅覚受容体は4つの同一サブユニットから構築できること、そしてチャネルの種類によって匂い物質に対する感度において大きく異なることが発見された。4つのOR5サブユニットで構成された受容体(左図、pdb_00007licpdb_00007lidpdb_00007ligは、オイゲノール(eugenol、丁子油の主成分)やDEET(効果的な虫除け剤)を含む、試験した54種類の匂い物質分子の半分以上に反応して活性化したのに対し、他のORサブユニットを構成要素とする単一種サブユニットで構成されたチャネルが反応した範囲ははるかに狭かった。構造解析によると、多様な分子を認識する能力は、匂い物質結合ポケットの性質に由来している。このポケットは、単一の非常に特異的な相互作用に頼るのではなく、多くの弱い疎水性相互作用によって化学的に異なる分子に適応することができる。

これらの研究から、昆虫類全体にわたって、Orco/ORのしくみによりさまざまな数のORサブユニットで構成された複合体をつくることができるという柔軟性のあることがわかる。昆虫の嗅覚受容体が、生体内環境においてOrco:ORの比率が異なるサブユニット構造を持つかどうかは、現在活発に研究されている分野である。

昆虫が多様な化学信号をどのように感知するのかを理解することは、実用的な意義を持つ。これらのしくみに関する知見は、昆虫媒介性疾患の蔓延を抑制するための、より安全で効果的な忌避剤の開発や、作物を害虫から守るための戦略策定に役立つだろう。

構造をみる

昆虫の嗅覚受容体の中にはさまざまな匂い分子によって活性化されるものがある

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単一の昆虫嗅覚受容体(シミの一種に由来するOR5の四量体)が、同じ結合ポケット内で2種類の異なる匂い分子を認識できるしくみを詳しく見てみてみよう。

理解を深めるためのトピックス

  1. 哺乳類を含む他の動物の嗅覚受容体についてより詳しく学んでみよう。
  2. ピエゾ1機械受容チャネル(Piezo1 mechanosensitive channel)、カプサイシン受容体TRPV1(capsaicin receptor TRPV1)、カリウムチャネル(potassium channel)、電位依存性ナトリウムチャネル(voltage-gated sodium channel)などの他のイオンチャネルについての記事も読んでみて欲しい。

参考文献

  1. pdb_00008v00, pdb_00008v02 Zhao J, Chen AQ, Ryu J, Del Mármol J. 2024 Jun 28 Structural basis of odor sensing by insect heteromeric odorant receptors. Science 384 6703 1460-1467
  2. pdb_00007lic, pdb_00007lid, pdb_00007lig Del Mármol J, Yedlin MA, Ruta V. 2021 Sep The structural basis of odorant recognition in insect olfactory receptors. Nature 597 7874 126-131
  3. Wang Y, Qiu L, Wang B, Guan Z, Dong Z, Zhang J, Cao S, Yang L, Wang B, Gong Z, Zhang L, Ma W, Liu Z, Zhang D, Wang G, Yin P. 2024 Jun 28 Structural basis for odorant recognition of the insect odorant receptor OR-Orco heterocomplex. Science 384 6703 1453-1460

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2026年4月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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