315: レナカパビル(Lenacapavir)

著者: Janet Iwasa 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

レナカパビル(水色)は、HIVカプシド6量体(黄色、pdb_00006v2f)内にある各CAモノマー間のポケットに結合する。
レナカパビル(水色)は、HIVカプシド6量体(黄色、pdb_00006v2f)内にある各CAモノマー間のポケットに結合する。 高解像度TIFF画像はこちら

1980年代初頭に始まったエイズの流行は、免疫系を攻撃するレトロウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)(human immunodeficiency virus)によって引き起こされる。現在、HIVを完治する治療法はないが、抗レトロウイルス療法(antiretroviral therapy)を続けることでウイルスの複製を抑制し、病気の進行や感染拡大を防ぎ、HIV陽性者が長く健康な生活を送ることができるようになっている。しかし、HIVと共に生きる多くの人にとって、生涯にわたり厳格に毎日服薬し続けるのは容易ではなく、服薬を怠るとウイルスの増殖につながり、ウイルスの感染拡大を許してしまうかもしれない。1990年代のピーク以降、HIVの新規感染者数は大幅に減少しているが、エイズの流行は世界中で続いており、2024年には130万人が新たにHIVに感染したものと推定されている。

カプシドを標的とする薬剤の発見

数十年にわたり、HIV治療薬の開発は、逆転写酵素(reverse transcriptase)、タンパク質分解酵素(protease)、インテグラーゼ(integrase)などのウイルス酵素、あるいは外被糖タンパク質(envelope protein)などのウイルス表面にある構造タンパク質を標的とすることに重点を置かれてきた。ウイルスゲノムの周囲に自己集合して円錐状のカプシドタンパク質殻を形成するCAタンパク質は、「創薬可能な」標的とは広く考えられていなかった。しかし、1990年代後半以降、HIV研究者による科学的研究が蓄積されて、CAとカプシド殻の構造が解明され、ウイルスの複製はカプシドの完全性に依存していることが示された。これらの知見を受け、ギリアド・サイエンシズ(Gilead Sciences)のチームは、既存の抗レトロウイルス療法を補完できるカプシド標的薬の発見・開発プログラムを開始した。

その後10年間、ギリアドの科学者たちは、数千ものカプシド結合化合物を繰り返し設計、改良、試験し、薬効、安定性、そして生物学的利用能を最適化した(これら化合物の一部は、後に記す「構造をみる」の節で示している)。そうして最終的にできあがったのが、レナカパビル(lenacapavir)と呼ばれる画期的なカプシド阻害剤であり、2022年には多剤耐性HIVの治療薬として、そして2025年には曝露前予防(pre-exposure prophylaxis、PrEP)の薬として承認された。レナカパビルは驚異的な高い効力を持ち体内半減期が長いので、投与は年2回の注射で済むようになり、毎日服薬する必要がある経口抗レトロウイルス療法と比べて薬を飲む(打つ)周期が大幅に守りやすいものになった。

右の図に示すように、レナカパビルは隣接する2つのCAサブユニット(pdb_00006v2f)間の界面に結合する。研究により、レナカパビルはHIVライフサイクルの様々な段階を阻害することが示されている。特にウイルスを核に取り込む過程、そしてそれに続くウイルスDNAの宿主ゲノムへの組み込み、そして新たに形成されたウイルスの組み立てと成熟に大きく影響している。

カプシドを割る

構造研究により、レナカパビルが持つ独特の作用機序に関する新たな知見が得られた。無傷のHIVカプシドをレナカパビルで処理するとカプシドが破裂し、カプシドの最も曲率の高い部分で最初に破裂することが発見されたのである。この時、使われた手法は電子線クライオトモグラフィー(electron cryotomography)であった。レナカパビル処理したカプシドの壁は、実験の初期段階で平らになり、実験の進行とともに壊れていくことが観察された。この過程を、ユタ大学のレイチェル・トーレス(Rachel Torrez)とオーウェン・ポルニロス(Owen Pornillos)が共同で作成した左のアニメーションで示す。このアニメーションは、pdb_00009prypdb_00009y7j、そしてこれらに対応するEMデータバンクのモデルEMD-71816EMD-72657を用いて作成された。

標的カプシド中の隣接する6量体をより詳しく調べたところ、レナカパビルが結合することにより2つの6量体間に小さくて不安定させるような回転変化が生じることが明らかになった。これらの変化はレナカパビルが結合した部位から離れた位置で発生する、つまり薬剤がアロステリックに作用することが示されている。レナカパビルが結合することによってカプシド格子に機械的なひずみが生じ、さらに多くのレナカパビル分子が結合するにつれてひずみが蓄積し、最終的にカプシドが破壊され、ウイルスの複製が阻害されるという仮説を立てられている。完成する前の早い段階でカプシドが破裂することは、自然免疫応答の活性化につながってウイルスの排除に寄与するという二次的な効果をもたらす。

構造をみる

レナカパビルの開発

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ギリアド・サイエンシズの科学者たちは、レナカパビルの発見に至るまでの過程で数多くの化合物を試した。図の下のボタンをクリックして対話的操作のできる画像に切り替え、それらを詳しく見てみて欲しい。構造的に特徴のあるいくつかの合成化合物が、レナカパビルの化学構造を最適化する上で役に立った。ここでは化合物6(pdb_00009pgs)、化合物12(pdb_00009pgt)、化合物24(pdb_00009pgv)、化合物40(pdb_00009pgu)、そしてレナカパビル(pdb_00006v2f)を伴った構造を示している。

理解を深めるためのトピックス

  1. PDB-101に掲載している他のHIVやAIDSに関する記事も見てみよう。
  2. HIVカプシドの構造を詳しく見て、ペーパーモデル作ってみよう
  3. HIV に感染した細胞の図を見てみよう。
  4. さまざまな種類の抗レトロウイルス療法がどのように機能するかを説明しているアニメーションを見てみよう。

参考文献

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この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2026年3月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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