105: リボヌクレアーゼA(Ribonuclease A)

著者: David S. Goodsell 翻訳: 工藤 高裕(PDBj)

リボヌクレアーゼA(PDB:5rsa)

リボヌクレアーゼAは食物中に含まれるRNAを消化する酵素である。小さく安定で結晶化しやすいため、生化学研究において重要な酵素とされてきた。この酵素を使って、クリスチャン・アンフィンセン(Christian Anfinsen)はアミノ酸配列が折りたたまれたタンパク質の構造を決めていることを示し、スタンフォード・ムーア(Stanford Moore)とウイリアム・ステイン(William Stein)は特有のアミノ酸配置が酵素の触媒中心に使われていることを示した。リボヌクレアーゼAはロバート・ブルース・メリフィールド(R. Bruce Merrifield)によって初めて合成された酵素でもあり、これによって生物的分子は人工的に作ることもできる単なる化学物質であることが示された。これらの中心的な考えは全て、リボヌクレアーゼの助けによって発見されたもので、これら発見に対してノーベル賞が授与された。

速く激しく

ここに示したPDBエントリー 5rsaのリボヌクレアーゼAはエンドヌクレアーゼ(endonuclease)、つまりRNA鎖を中間で切断する酵素である。一方、エキソソーム(exosome、今月の分子86番)のようにRNA鎖を末端から分解する酵素もある。この酵素は細胞内におけるRNAの分解に関わっている。リボヌクレアーゼAの中で、RNA鎖は溝にはまり、酸性アミノ酸および塩基性アミノ酸の集まりによって攻撃される。この酵素は大食いの分子シュレッダーで、シチジン塩基の後ろを最もよく切断する。ウリジン塩基の後ろも切断するがその速度はシチジンの場合の半分程度である。この酵素は進化の過程で洗練され、基質が酵素に取り込まれるのと同じぐらい速く働く、散らばりの少ない選ばれたグループの1つとなっている。

岩のようにゆるぎない

リボヌクレアーゼAは驚くほど安定である。例えば、ウシの膵(すい)臓からリボヌクレアーゼAを精製する手順で、抽出物は硫酸で処理し沸騰しかけの温度まで加熱するが、リボヌクレアーゼAだけが唯一生き残る。これは別に驚くことではない。なぜならこの酵素は膵臓(すい臓、pancreas)から分泌され、消化管内の不快な環境で仕事をする必要があるからである。リボヌクレアーゼAの安定性は、鎖の異なる部分をくっつける4つのジスルフィド結合によるところが大きい。

リボヌクレアーゼの活性部位をより拡大して見るには、プロテオペディア(Proteopedia)のページを参照のこと。

正確な切断

左:リボヌクレアーゼZ(PDB:2fk6、青は酵素、橙はRNA) 右:リボヌクレアーゼIII(PDB:2ez6、青は酵素、赤・橙はRNA)

リボヌクレアーゼAはRNAを細かく切断する強力な道具だが、細胞はRNAを正確に調整する他の道具も必要としている。例えば、運搬RNA分子は最初完成状態より長く作られるため、不要な部分を取り除いて適切な大きさに整える必要がある。上図左に示したリボヌクレアーゼZ酵素(PDBエントリー 2fk6)はアミノ酸を受け入れる末端から不要部分を除去する。この構造には2量体酵素(青)と、2分子の運搬RNAの一部分の構造(橙)が含まれる。タンパク質とリボザイム(触媒性RNA分子)でできているリボヌクレアーゼPはもう一方の端から不要部分を除去する(ここには示していない)。上図右に示したリボヌクレアーゼIII(PDBエントリー 2ez6)はRNA鎖を取り囲んで完全な二重らせんを形成し、リボソームRNAとメッセンジャーRNAの成熟に必要となる特有の切断を行う。

構造をみる

リボヌクレアーゼ(青)とリボヌクレアーゼ阻害剤(緑)(PDB ID:1DFJ) 左は各原子を球で表現、右はリボン表現で示したもの。

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リボヌクレアーゼは見つけたRNAは何でも無差別に切り刻む危険な分子機械である。細胞にとっては有毒で、かつてがん細胞を殺す見込みがある治療法として試された。だが不幸なことに、リボヌクレアーゼは通常の細胞にとっても有毒で、治療にはあまり使えない。細胞はここで示したPDBエントリー 1dfjのリボヌクレアーゼ阻害剤(緑)のように強力な阻害剤を使って、リボヌクレアーゼから自分の身をを守っている。このような阻害剤は細胞内にあって、見つけたどんなリボヌクレアーゼに対しても素早く結合する。結合は驚くほど強いが、これは阻害剤がリボヌクレアーゼを取り囲んで形成する広範囲におよぶ接触の存在による。

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理解を深めるためのトピックス

  1. PDBエントリー 5rsaの構造の一部は中性子回折法によって解かれており、水素原子の位置を観察することができます。この実験は重水素化された水(重水、中性子が1個ついた通常より重い水素原子で構成される水)中に浸された結晶を使って行われました。このエントリーのファイルを見ると、全ての水がDOD(1個の酸素と2個の重水素)になっており、またタンパク質中に含まれる水素の多くも重水と置き換えられて重水素になっていることが確認できるでしょう。なぜタンパク質中のある位置は重水素で、その他の位置は元々の水素原子のままにしているのか、その意味が分かりますか?
  2. リボヌクレアーゼは、活性部位に異なる阻害剤が結合した様々な構造が利用できます。その中で、通常は酵素によって切断されてしまう、RNA基質に似た阻害剤を含む構造例を見つけることができますか?
  3. リボヌクレアーゼの中にある4つのジスルフィド結合は、このタンパク質をくっつけて活性型へと変えています。このうち何個の結合が鎖の離れた部分同士をつなげているでしょうか?そして何個の結合が小さな環状領域だけを安定化させているでしょうか?

参考文献

当記事を作成するに当たって参照した文献を以下に示します。

この記事はRCSB PDBPDB-101で提供されている「Molecule of the Month」の2008年9月の記事を日本語に訳したものです。転載・引用については利用規約をご覧ください。

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